只見駅を出発する代行バスの車内。このときは7人が乗車していた(2022年6月撮影)

 このような逆風の環境にありながら、只見線は奇跡的に復活した。その理由は主に3つあったと考えられる。

 復活の決定打になったのは、「上下分離方式」の採用だ。上下分離方式とは、鉄道事業者(JR東日本)が列車の運行(「上」)を管理し、地元自治体が線路や駅などの鉄道施設など(「下」)を保有および管理する形態のことだ。

 つまり、赤字額の一部を地元自治体が負担することでJR東日本との合意ができたのだ。この合意ができるまでに、JR東日本が費用概算を発表してから約4年が経っていた。そして復旧工事が始まったのは2018年。不通期間が11年と長かったのはこういう理由があった。実際に工事を行ったのは4年でしかなかった(次の表)。

2011年から2022年までの只見線関連の主なできごと

 もう一つの理由は、只見線沿線が豪雪地帯であることだ。この地域は冬の積雪が多いため、只見線と並行する国道252号の一部区間が冬期に通行止めになることがあり、その場合は只見線が唯一の交通手段となる。このような観点から、只見線は廃止せずに存続させる必要がある、という認識が地元を中心に形成されている。

 3つ目は観光資源としての利用価値だ。会津坂本と只見の間の区間、只見線はほぼ只見川に沿っている。このため、四季折々に変化する風情ある風景が楽しめることで只見線の魅力が高まっている。近年はこの只見川の風景が広く知られるようになり、外国からの観光客も増えているようだ。全通した只見線によって、会津側から只見を通って新潟県(小出)まで抜けることができれば、旅行経路の選択肢が増える。

 JR東日本と地元との間でどのような話し合いが行われたのか、詳細はわからないが、このようないくつかの要因を考慮した結果、廃線ではなく復旧することに決まったのではないだろうか。

 そして、2022年10月1日に全線開通という11年越しの悲願がかなえられようとしている。

 ただ、当然のことながらこれがゴールではない。只見線を存続させるためには、赤字解消のための根本的な改革が必要だ。全線開通による一時的なブームとするのではなく、継続的に人を呼び込むために行政と地域が力を合わせていかなければいけない。

 現在、福島県や各市町村などで、日本一の地方創生路線を目指して只見線を活用する多くのプロジェクトが計画されている。例えば、列車内で会津の自然や文化に触れることのできる企画列車、奥会津の景観を堪能できるビュースポットの整備、只見線の魅力を発信するメディア活用などだ。

 そのようなプロジェクトが実を結ぶかどうか。日本の各地にある赤字路線の住民や関係者は、只見線の行く末を見守っているに違いない。それだけに、今回の全線開通によって、明るい未来が見えてほしいと思う。

 只見線の見どころを紹介する情報は山のようにあふれているが、ほとんど観光客が訪れない、ユニークな個性を持つ3つの駅を、次の記事で紹介しているので、こちらもどうぞ。
「秘境路線」只見線のなかでも高レア度、マニア感あふれる3つの駅
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71894