夏ごろからウクライナ戦争の戦況が明らかに「様変わり」している。ゼレンスキー大統領率いるウクライナ軍の反攻が目立ち始め、特に同国南部では高い命中率を誇る西側製の長距離砲でロシア侵略軍が苦戦しているという。
とりわけ「高機動ロケット砲」「ハイマース」という耳慣れないワードがニュースで飛び交っており、「高機動ロケット砲がロシア軍部隊の本部を狙い撃ちした」「ハイマースが橋をピンポイント攻撃した」といったように、これまで軍事専門家しか口にしなかった“業界用語”が、今や新聞やネットニュースの話題になるほどである。
確かに「『高機動』の『ロケット砲』とは何だか強そうだ」と字面の「ものものしさ」からイメージを膨らませる人も少なくないだろう。そこで「ゲームチェンジャー」と目されるハイマースとは一体どんな兵器なのかを分かりやすく解説する。
ハイマースの前作は小回りが利かない「ヘビー級」
ハイマース(HIMARS)とは「M142 High Mobility Artillery Rocket System」の略で、直訳すれば「M142という高い機動性を備えた、砲兵のロケット・システム」となる。何が「高い機動性」なのかといえば、「足の速さ」と「中型輸送機で運べる」という2点が挙げられる。まずオフロード型の6輪軍用トラックにロケット・ランチャー(発射機)を積んだ「装輪式=タイヤ式」であるため、舗装道路を最高時速85kmで移動できる。
実はこのハイマースのベースは、現在でも現役で活躍する「M270 MLRS」で、「キャタピラ(装軌)式」のMLRSをタイヤ式にして軽快にした、というのがハイマースの立ち位置である。
MLRSとは「Multiple Launch Rocket System」の略で、直訳すれば「多連装ロケット・システム」となる。そもそも冷戦の申し子のような代物で、ヨーロッパ平原を舞台に旧ソ連軍の大戦車部隊が怒涛のごとくNATO陣営に攻め入った時、小型爆弾を数百個詰め込んだ“親爆弾”のロケット弾=クラスター弾を、旧ソ連軍の大砲(榴弾砲=りゅうだんほう)の射程では届かない遠方から一斉射撃し、爆弾の雨を降らせて侵攻部隊を丸ごと壊滅することを狙ったアイテムである。
アメリカを中心に英仏独伊のNATO主要国が開発にこぞって参画し、1980年代前半に実用化。10数カ国が採用しているが、日本の陸上自衛隊も100台ほど導入している。
ロケット弾の直径は227mmで、ロケット弾の種類も一般用のクラスター弾を皮切りに、対戦車用のクラスター弾や弾頭1つに高性能爆薬を詰めGPSを使って命中精度を増した「単弾頭型」など、さまざまな種類を用意し、最大射程は15km~100kmほどである。収納するロケット弾は計12発で、これを数十秒で一斉射撃できる(単発撃ちも可能)。なお射程300km超のATACMS(エイタクムス)地対地ミサイルも発射可能である。
ただしアメリカのバイデン大統領は、ATACMSのウクライナへの供与に関しては、本土への攻撃を警戒するロシア・プーチン大統領を過度に刺激してしまうとの懸念から、いまのところゴーサインを出していない。
MLRSは砲爆弾が降り注ぎ泥沼と化した戦場での活躍を前提に、キャタピラ式装甲車を車体に選んだため、重量は約25トンのヘビー級となり、大型輸送機(C-5やC-17)でなければ空輸は無理だ。最高時速も60km強とやや遅くランニングコストも悪い。
初陣は冷戦終結前後に勃発した1991年の湾岸戦争で、アメリカ軍がイラク軍に対して使用し「鋼鉄の雨」と恐れられた。だが冷戦後に急増した地域紛争や対テロ・ゲリラ戦にはこの“重厚長大”がむしろ仇となって「小回りの利かない鈍重で高スペックすぎるアイテム」と見られがちになってしまった。そこでMLRSの長射程を活かしながらも軽快なMLRSとして生まれ変わったのがハイマースである。