ペロシ米下院議長の訪台は、「一つの中国」を標榜する習近平国家主席の顔を潰したという類いの報道が多い。人民解放軍が台湾近海に11発のロケット弾を発射し、うち5発が日本の経済水域(EEZ)に着弾したことを指して、「中国の怒りはすさまじい」と説くような話である。
しかし、本当にそうだろうか。米ニューヨーク・タイムズは、7月9日にブリンケン国務長官と王毅外交部長が会談した際に、ペロシ訪台は既に了解済みだったと報じている。つまり、ペロシ米下院議長の訪台パフォーマンスは止められなくとも、彼女をバイデン大統領と習近平国家主席の手のひらで踊らせることはできたと考えるべきだろう。
本稿ではペロシ訪台の背景と実際の米中の対応を見ておきたい。
1990年代のクリントン民主党政権は、中国との関係を強化するため「Fly Over Japan」「ジャパン・パッシング」を断行した。2000年代のブッシュ政権はテロとの戦いに日本を巻き込むため、「Show the flag」と日本の貢献を求め、当時の小泉純一郎首相も自衛隊をイラクに派遣し、日中関係は再び緊密化した。
それでは現在の状況はどうなのか。
タリバンとの戦いに敗れ、2021年8月15日にアフガニスタンから撤退したバイデン政権にとって、足元のグローバル・インフレの中、ウクライナに巨額の武器を援助することでロシアと対立した以上、外交的にも経済的にも中国との再接近は喫緊の課題だった。
結局は、日本より中国の方が大事なのだ。
今回のペロシ訪台は、こうした状況下で準備された米中のパフォーマンスである。その延長として、米国が再び「ジャパン・パッシング」に進んでいく流れが含まれている。
ただし、30年前のクリントン政権時と異なり、今回は中国も「ジャパン・パッシング」だという点には注意が必要だ。