PSA (生産物分与契約)とは?

 ロシアの法体系優先順位は、≪①憲法 ②法律 ③大統領令 ④政令≫です。

 ゆえに、大統領令により連邦法を修正・変更することはできません。

 今回の6月30日付けプーチン大統領令416号は、ロシアの法律たる既存PSA(生産物分与契約)条件を毀損する内容になります。

 PSAの特徴は、「商業契約」であると同時に、実質その国の「法律」になっている点です。

 PSAに付帯する「祖父条項」(grandfather clause)は「当該契約よりも悪い条件となる法律が将来制定された場合、その法律は適用されない」と云う投資家保護内容です。

 この点こそPSAと通常の商業契約の本質的な相違であり、S-1とS-2商業契約は1995年12月に制定された露PSA法により、法律に昇華しました。

 地下資源、例えば石油やガスの探鉱・開発・生産・輸送計画は20~30年以上の長きにわたるプロジェクトになります。

 投資家は長期に亘り莫大な資金を投入するので、例えば将来、プロジェクト対象国の税制が変わり、増税になる事例なども想定されます。

 このような不安材料があれば、投資家は誰も投資しません。ですから、契約時の契約条件がPSA期間終了まで遵守されることを保証するのが「祖父条項」です。

 PSA期間が終了すると、既存の関連インフラはすべて、その国に所有権が移転します。

 ゆえにS-2契約期間が終了すれば、S-2の全インフラはロシア国家に所有権が移転します。

 今回のプーチン大統領令はロシアの法律に違反しています。なぜなら、このS-2契約はPSA(生産物分与契約)であり、PSAには「祖父条項」が付帯しており、「法律」になっているからです。

 戦時の場合、一時的に大統領令が法律の上位となることはあります(露憲法第80条)。

 非常事態の場合(例えば戒厳令布告)、連邦法は一時的に執行停止となり、大統領令が優先します。

 しかし、今は「戦時」ではなく「平時」です。

 ですから、大統領令は連邦法の下位に位置します。

 サハリン・エナジー社の本社がバミューダに登録されているので、ロシア法人のみに地下資源開発権を付与するという改訂資源法に違反するとの指摘もあります。

 しかし、PSAには「不利となる法律が後日制定された場合、それは適用されない」と明記されています。

 かつ、サハリンで事業活動しているサハリン・エナジー社サハリン支店は、サハリンに登録されたロシア法人です。

「ロシア法人」としてロシアでビジネス展開しているのですから、「ロシア法人のみに地下資源開発権を付与する」との条件に適合しています。

 ここで、PSAに関して誤解されている点も多々あるので、PSAを概観したいと思います。

「PSAは法体系が整備されていない国の契約形態である」と言われることもありますが、それは違います。

 先進国にもPSAは存在します。地下資源の探鉱・開発には20~30年以上の契約期間が必要故、投資家保護の観点からPSAが存在する次第です。

 次によく誤解される点は「PSAは外国投資家に有利な契約である」という批判ですが、間違いです。

 PSAは外国投資家に有利なのではなく、投資家を保護する契約形態です。投資家には外資も国内投資家もいます。

 今回の大統領令は「PSAは外資に有利なので、ロシア法人に権益を移管する」という趣旨になっていますが、上記の通り事実と異なります。

 ロシアの石油・ガス企業も莫大な利益を得ており、国家財政に貢献しています。

 仮にPSAが成立しなかった場合、サハリン島北東部沖合のオホーツク海では、石油・ガス等の天然資源は今でも眠ったままになっているはずです。

 サハリン・エナジー社のホームページに掲載されている同社の2020年決算書(第7章)によれば、S-2プロジェクト開始から2020年までにロシア連邦政府(サハリン州を除く)に支払った金額は200億ドルに達しており、うち2020年だけでも25億ドル支払っています。

 2021年以降の数字は不明ですが、油価とLNG価格が急騰していることを考慮すれば、さらなる金額がロシア連邦政府の収入になっているはずです。

 シェルが撤退して、S-2プロジェクトが衰退すれば、この収入も減少します。

 外資の資金と技術・ノウハウを導入して自国企業と共存共栄を推進する政策と、外資を排除して自国資源の温存を図る(実態は開発不能)政策のどちらが国益に寄与するかは、論を俟たないと思います。