反戦僧侶には植木等さんの父も

 昭和のコメディアンで歌手の植木等さんの父・植木徹誠(てつじょう)さんはまさに、数少ない反戦僧侶のひとりでした。部落問題などの差別問題と向き合い、治安維持法違反容疑で逮捕され、投獄されてひどい拷問を受けた人です。

 当時、小学生だった植木さんの日課は、登校前に留置されている父に弁当を届けることだったといいます。植木さんは不在の父に代わって檀家回りをする日々だったと、後世になって証言しています。

 あの有名な「スーダラ節」は、それまで二枚目で通してきた植木さんが悩んで、父に歌うかどうかを相談したところ、「スーダラ節の文句(分かっちゃいるけど、やめられねえ)は真理を突いている。あの歌詞には親鸞の教えに通じるものがある」とアドバイスしたことがきっかけだということです。

 1910(明治43)年におきた大逆事件では、無実の罪で3名の僧侶が逮捕されています。曹洞宗の林泉寺(神奈川県)の住職の内山愚童師は、幸徳秋水とともに死刑に処せられました。しかし、当時の曹洞宗門の対応は冷酷で、愚童師を擁護するどころか、刑が確定していない段階で、住職罷免と宗門からの永久追放を決定します。

 曹洞宗は処分そのものの取り消しと、名誉回復を発表したのが死後83年が経過した1993(平成5)年のことです。

鵜飼秀徳(うかい・ひでのり)氏 作家・正覚寺住職・大正大学招聘教授 1974年、京都市嵯峨の正覚寺に生まれる。新聞記者・雑誌編集者を経て2018年1月に独立。現在、正覚寺住職を務める傍ら、「宗教と社会」をテーマに取材、執筆を続ける。著書に『寺院消滅』『無葬社会』(いずれも日経BP)『仏教抹殺』(文春新書)『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版など多数。東京農業大学非常勤講師、佛教大学非常勤講師、一般社団法人良いお寺研究会代表理事、公益財団法人全日本仏教会広報委員(学識経験者)なども務める。(写真:櫻井寛)

――取材の過程で、若い頃、それぞれの立場で戦争に関わった経験のある僧侶にインタビューをしています。実際にお話を聞かれてどう思いましたか。

鵜飼氏:私は「いま従軍僧の話を聞いておかねば、二度とその機会は訪れないだろう」との思いで、戦争を経験した90歳以上の僧侶を探し続け、3人の方に取材を快諾していただきました。そのうちのひとり、知恩院の元執事長、北川一有さんはこの本の発売を待たずに今春、亡くなられました。