『七番日記』は、その日の天気や出来事などが記されていた一茶の生活の記録である。

 その日記には妻の月経や房事の回数が記されている。

めぐり日と俳諧日也春の雨

 この「めぐり日」とは月経日のことで、月経を忌みものとしていないのは、一茶の子供欲しさによるものとされる。

『七番日記』の、お菊との最初の交合の記録は1816年1月21日で、「墓詣(はかまいり) 夜雪交合」。

 同年8月8日には「夜交合五回」。同12日「夜三交」。同16日~20日毎日「三交」。21日「隣旦飯 四交」と13日間で27回、性交を行なうなど、50代半ばにして、長かった独身生活を挽回するかのように新妻の身体を貪り続けられるのは、一茶が相当な精力絶倫男だったことの現れである。

子供と妻の死

 お菊は1815年、長男千太郎を出産する。だが千太郎は生後28日で亡くなってしまった。

 その3年後、妻・菊は長女さとを出産。さとも天然痘に感染し1歳を迎えて1月半後、死んでしまう。

 次男・石太郎が生まれると「石のように強く長生きしてほしい」との願いを込めて名付けた。

 石太郎が生まれて10日後、一茶は雪道で転んで半身不随となり、生まれたばかりの次男と枕を並べることになる。

 翌年、石太郎は母の背中で窒息死。

 三男が生まれると石よりも硬くて丈夫であるよう、金を名に冠した金三郎と名づけた。

 翌年、妻・菊が死去。三男・金三郎も同じ年に死んでしまう。

 最愛の妻は結婚9年目で亡くし、4人の子供は全員が虚弱で満2歳を迎えることなく夭折したのである。