勝利、失脚、そして復権

 だが、金与正氏が同年12月に、党第一副部長として復権を果たしたことで、潮目が変わった。与正氏は2020年1月、朝鮮人民軍出身で、かつて祖国平和統一委員会北朝鮮首席代表などを歴任した金善権(キム・ソンクォン)を外相に抜擢した。

 対米交渉が停滞していたこともあり、金与正-金善権ラインによるチェ・ソンヒ潰しの画策が本格化していく。いつしかチェ・ソンヒ氏は、表舞台から消えた。前出の中国の北朝鮮ウォッチャーが続ける。

「チェ・ソンヒは2020年夏から秋にかけて、外務省の職をいったん解かれて、再教育施設(革命家区域)送りとなった。おそらく彼女にとっては、人生最大の屈辱だったことだろう。

 金正恩総書記の『恩情』によって、3カ月ほどで強制施設から出してもらえた。だが、2021年1月に開催された第8回朝鮮労働党大会では、党中央政治局候補委員から解任された」

 それでも、チェ・ソンヒ氏は今年に入って、復権を果たしていく。再び金正恩総書記のバックボーンを得て、ついに「宿敵」の金善権外相を蹴落とし、自らが外相に就任したのである。中国の北朝鮮ウォッチャーが続ける。

「チェ・ソンヒの外相就任には、二つのメッセージが込められている。一つは、ジョー・バイデン政権になってすっかり停滞している対米交渉を、北朝鮮側が本気で取り組む用意があるということ。もう一つは、『平壌奥の院』の権力構造において、再び金与正の発言力が弱まっていくということだ」

 北朝鮮外交は、窮地を脱していけるのか。「新女帝」の手腕が問われる。