日本の「対中制裁解除」と「政府借款再開」は米中両政府と方励之への「助け舟」だった

 当時、鄧小平は方励之に対して「懺悔書」を書くよう要求し、アメリカに対しては、「経済制裁の解除」と「借款の再開」を条件に、方励之夫妻の出国を許可しようと提示した。方励之は自分の経歴書をしたためて鄧小平に提出したが、それが「懺悔書」だとみなされることを十分承知していた。だが、アメリカ政府は「制裁解除」を突っぱねた。

 膠着状態に陥った米中両国に「助け舟」を出したのは日本だった。おそらく水面下で、アメリカが日本に依頼したのではないだろうか。「日本政府は私と妻が無事に中国を出国してアメリカに到着したのを見届けた後、約2~3週間で世界に先駆けて対中経済制裁を解除し、政府借款を再開したのです」と、方励之は証言していた。

 それが事実なら、方励之は日本政府に対して感謝こそすれ、怒る筋合いではないだろうにと私は思った。

 しかし、北京大学の三角広場で学生たちに向かって民主化の理念や理想を説いていた彼が、中国を脱出できるかどうかの瀬戸際に立たされて、いっとき自分の信念に目をつぶり、現実的な対応を取ったことも十分に理解できた。彼はきっと自己矛盾を感じて大きな重荷を背負いこんだに違いない。そして出国直後の緊張感さめやらぬ時期に、不意に「日本から来ました」などと聞いて激しく動揺し、つい私に向かって怒りを爆発させてしまったのではなかったか。