藤田 よくわかります。定義や基準を決めると、ともするとそれを満たさなければウェルビーイングから外れてしまうということになってしまうのが気になります。安藤さんは、テクノロジーの最先端にいる中で、“幸せの定量化”をどう捉えていますか?
安藤 幸せを解き明かそうとすると、どうしても数値化が必要です。数値にできないと計測も制御もできませんから。でも心で感じる幸せは一人ずつ異なり、個々のバックグラウンドや経験によっても感じ方が違いますよね。なので、制御することはあまり考えていません。
その代わりに使うのが「ファシリテート」という考え方。一定のルールに従ってコントロールするというよりは、相手にこういうものはどうでしょう? と薦めるような感じです。いわばきっかけづくりというか、その部分でテクノロジーがまだまだ役立つかもしれません。
藤田 たしかに、1つのメソッドで万人のウェルビーイングを築くことは難しいですね。大切なのは、幸せを構造化することなのかも。
安藤 そうですね。環世界(※1)ではないですけれど、一人ひとりが異なる価値観を持つことを理解した上で、技術やサービスを展開する必要があるはずです。
(※1)生物にはその種特有の知覚世界があり、それぞれの生物の行動は彼らの知覚の結果であるという考え方。ドイツの生物学者であるヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱。
もう1つ大事なのは、“持続的な関係性”をどうデザインするかということ。定量化の話ではないですが、人の瞬間的な状態だけを考慮したサービスはどうも快楽的な感じがしてしまいます。人とモノ、人と空間などが持続的にどう関係し合っていくのかを見わたさないと、“いい感じの方向”にはたどり着かないのではないかと思います。
藤田 瞬間的なバイタルデータによる状態としてのウェルビーイングと、持続的なウェルビーイングは同じとは限りません。たとえば、脳内で分泌されるオキシトシンは、人やペットとの持続的なふれあいの中で分泌されます。いま計測できるのは瞬間的なバイタルでしかないですが、多くの人がそれらをもとに幸せを構造化しようとしています。持続的なウェルビーイングとは、どう関係性をつくっていけばよいと思いますか?
安藤 オキシトシン的幸福は、つながりと時間の積み重ねが必要です。瞬間的に起こる関係性では不十分で、人とモノや空間に存在する余白をどう埋めるかというアプローチが必要なのではないでしょうか。そのあたりの全体デザインを考えることが不可欠だと思います。
まだ答えが出ていないウェルビーイング
藤田 アメリカではウェルビーイングを取り巻く巨大市場が形成されつつあります。しかしそれを日本に当てはめることはできません。アメリカと日本では、成長ドライバーが全く異なりますから。
アメリカのビジネスパーソンにとって必要なのは、“病気にならない”ということ。日本のように国民保険がないアメリカでは、病気を患うと多額の資金がかかる。それは、企業健保から見ても莫大な支出なんです。すると企業はコストを踏まえた上で、医療経済の最適なあり方を模索せざるを得ない。
一方、日本の場合は、社員が健康を害しても企業の負担分が大きく増えるわけではないので、健康増進に対する企業のモチベーションはそれほど高いとは言えないのが現状です。
安藤 たしかにアメリカの場合はヘルスケアにおける費用が定量化しやすそうです。でもそれは、あくまでロスコストを削減するという話で、どちらかというと経済効率化のベクトルですよね。
藤田 そうなんです。その意味でも日本には参考にできるロールモデルがないし、ウェルビーイングに対する明確な答えもない。