──和食の豊かさは、自然の素材の豊かさそのものだということですね。

土井 はい、日本人は昔から、自然を中心とした暮らしの中で情緒性を大切にしてきました。「素材を生かす」ということは、情緒を際立たせるということでもあります。それは日本人ならではといいますか、和食の大きな特質なのではないかと思います。

──「情緒を際立たせる」とはどういうことでしょうか。

土井 料理するときは、素材に何を選ぼうかと自然を見るわけですよね。すると自然と人間の間に情緒があらわれる。では、実際に調理をするとなると、食べる人のことを考えます。すると、料理する人と食べる人の間にも情緒があらわれます。そこに気づき、発見があって、思いやりが生まれます。情緒が際立つというのはそういうことですが、それが言葉に定着したのが歌や俳句です。

──自然に接するとなにか感情が呼び起こされるんですね。自然を通して生きている実感を得るというか。

土井 おいしいものを作らなあかん、手間をかけなければあかんと苦しんでいた料理が、一汁一菜に季節の食材をひとつ加えるだけで、喜びがうまれ、家族と共有することで、幸せになるのです。私たちの暮らしにはそうした、小さな気づきがたくさんあるのです。ですから、料理は自立、自ら幸せになる力です。

一汁一菜の食事(『一汁一菜でよいという提案』〈新潮文庫〉より、著者撮影)

◎土井 善晴(どい・よしはる)氏
 1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』、『料理と利他』(共著)、『くらしのための料理学』など多数。