土井 大きかったですよね。たとえば河井寛次郎の言葉に「美を追わない仕事 仕事の後から追ってくる美」というものがあります。人々が日常生活の中で使ってきた鍋とかすり鉢といった道具のなかに美がある、一生懸命生活したところから美が生まれてくる、ということですね。いわば生活の確かさ、健全性、正しさの証明が、美になるわけです。

 日々の平凡な営みの中にこそ美しいものがあるというのは、家庭料理にも同じことが言えます。今まで自分がやってきた懐石料理、プロの料理とは違う家庭料理の世界にはこんなに美しいものがあるんだということに気づかされたんですね。

和食は「自然の素材を生かす」料理

──土井さんは「自然のままである」ことや「作為的でない」ことをとても重視されていますね。『くらしのための料理学』(NHK出版)では、「和食は何もしないことを最善とする」とも書かれていました。

土井 和食は「自然の素材を生かす」料理です。日本には「八百万神(やおよろずのかみ)」がいますよね。私たち日本人は、空を飛ぶ鳥も、森の動物も、魚も、そして豆や米の一粒も森羅万象で、そこに神様がいると信じてきました。だから日本人にとっては、料理の素材は手を加えずともすでに完成されたものであり、そのままの状態がいちばん素晴らしいんです。素材をいかにそのままの状態で味わうかが、和食の神髄なんですね。

 象徴的なのがお刺し身です。魚をただ切っただけで人間は何もしていませんよね。塩をかけたり、ちょっとお醤油をつけるだけです。これだけでおいしいわけですよ。自然の素材からおいしいところを取り出すのが日本料理です。ある意味、1本の木から仏様の彫刻を彫り出すような、マイナス的彫刻なんです。