南部美人のクラフトジンとクラフトウォッカ

 東京のJR上野駅、御徒町駅から徒歩で数分、国道4号線の東側を走る細い路地に「プレミアム サケ パブ ガシュエ」という店がある。もともとは商社マンだった加古史明さんが「日本酒文化を、守り、伝え、発展させていきたい」との思いで開いた日本酒パブだ。

 2021年12月、この店で「雪紫陽花(ゆきあじさい)」というカクテルの提供が始まった。ジンもしくはウォッカをベースとし、梅酒、かき氷にしたハーブティーを加えたフローズンカクテルである。

 日本酒パブなのに洋酒カクテルの提供を始めたのは、雪紫陽花のベースとなるジンとウォッカをつくっているのが日本酒の酒蔵だからだ。加古さんは「このカクテルを通して日本酒の世界の奥深さと多様性を知っていただきたい」と言う。

 ジンとウォッカをつくる酒蔵は「南部美人」。日本酒ファンならば誰もが知る、岩手県二戸(にのへ)市の老舗酒蔵である。純米大吟醸をはじめとする「南部美人」銘柄の日本酒を世界55カ国に輸出しており、その味わい、品質は国際的にも評価が高い。2017年には英国で開催される世界的なワインコンテスト「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ) 2017」で、「南部美人特別純米酒」がSAKE(純米酒)部門の「チャンピオン・サケ」を獲得した。

 そんな南部美人がジンとウォッカをつくり始め、2021年8月から販売している。

 スピリッツ(蒸留酒)を手掛ける酒蔵は南部美人だけではない。世界的なクラフトジン(つくり手のこだわりや地域色が強い個性的なジン)ブームが2010年代半ばから日本にも押し寄せ、各地の酒蔵がジンの製造を手掛けるようになった。2016年には京都で国内初となるクラフトジン専門の蒸留所が設立され、ブームを後押しした。また、コロナ禍のなかで消毒用の高濃度アルコールをつくり始めたことを契機に、同じ蒸留器を使ってジン製造に着手する酒蔵もあった。

 南部美人も消毒アルコールの延長としてジンとウォッカをつくり始めた。最初からスピリッツの製造に乗り出したわけではない。しかし、南部美人がつくるジン、ウォッカには、5代目蔵元である久慈浩介社長のひときわ強い思いが込められている。南部美人では、ほかの酒蔵のようにすでに備わっている蒸留器を利用するのではなく、蒸留器をオーダーメイドし、コロナ禍のさなかにわざわざ蒸留所を新しく建設したのである。久慈社長を突き動かしたものは何だったのか。スピリッツ製造に着手した経緯と、新たな挑戦に込めた思いを語ってもらった。(鶴岡 弘之/JBpress編集長)