これは一生続けなければいけない

 実は、消毒アルコールの販売は僕の中では“つなぎ”という認識でした。とりあえず3~4カ月乗り切れば、夏には消毒アルコール不足は解消されるだろうと思っていました。だから政府の特例措置の中であくまでも中継ぎとして売るイメージでやっていたんです。

 でも、その考えを改めることになりました。きっかけは医療的ケア児に消毒アルコールを届けたことです。

 産業用・医療用ガスや医薬品を扱う北良(岩手県北上市)という会社があります。その会社の社長(笠井健氏)から、在宅介護の現場で消毒アルコールが足りていないという話を聞いていました。そこで、できたばかりの消毒アルコールを持って、笠井社長と一緒に医療的ケア児のいるご家庭を訪ねたんです。医療的ケア児とは、身体に重い障害があって、日常生活を送るために恒常的に医療的ケアを必要としているお子さんです。

 僕が訪ねたのは、胃ろうや人工呼吸器を使わなければ生活できないお子さんがいるご家庭でした。僕は、世の中にそういうお子さんがいることは認識はしていましたが、関わることがなかったので全く無知でした。すごく反省しています。そのお子さんと、お世話をしているご家族の姿を見て、消毒アルコールの提供はずっとやらなければいけないと痛感しました。

 なによりも強くそう思ったのは、ご家族からある一言を言われたからです。「これで命が助かります。救ってくれてありがとうございます」という言葉でした。「いつもおいしく南部美人を飲んでいます、ありがとうございます」という「ありがとう」は何万回と聞いているんだけど、命を助けてくれてありがとうございますという言葉を聞くのは僕の人生の中で初めての経験でした。その瞬間に、これは一生続けなければいけないと心に決めました。

 医療的ケア児のいるご家庭は、岩手県に少なくとも200世帯あると言われます。皆さんがこれからずっと安心して暮らしていくためには、消毒アルコールの地産地消をすることが必要です。岩手県内に製造者がいれば、200世帯の医療的ケア児の皆さんは安心して生きていくことができるはずです。“南部美人に言えば必ず消毒アルコールが手に入る”という状況を続けなければいけないと思ったんです。

南部美人の5代目蔵元、代表取締役社長の久慈浩介さん