取材・文=吉田さらさ
ともに大吉備津日子命を主祭神とする神社
2022年の初詣はこれまで行ったことのない場所に出かけたいと思い、岡山を選んだ。このあたりには、桃太郎伝説にまつわる遺跡や旧跡が数々点在し、パワースポットめいたところも多いと友人から聞いたからである。しかしそれらはかなり広範囲に渡っているため、まずは、電車と徒歩で回れる吉備津神社と吉備津彦神社に詣でることにした。
よく似た名前のこの二つの神社は、ともに大吉備津日子命を主祭神としている。記紀によれば、この神の本来の名はヒコイサセリヒコノミコト(古事記と日本書紀で表記が違うため、ここはカタカナ表記とする)で、古事記においては、またの名を大吉備津日子命としている。
第七代孝霊天皇の第三皇子で、十代崇神天皇の御代に、北陸、東海、西道、丹波に派遣された四道将軍のひとり。大吉備津日子命はそのうちの西道、すなわち山陽道に派遣され、従わぬ者を屈服させ、吉備国を平定したとされる。名前がいくつもあり、かつ、古事記と日本書紀での記述に違いがあるためややこしいのだが、大吉備津日子命は、一般には吉備津彦命という名で呼ばれている。
そして、その吉備津彦命が朝廷に従わぬ者を倒して吉備国を平定したという伝承が桃太郎のストーリーに変化し、この地に根づいた。簡単に言えば、大吉備津日子命=吉備津彦命=桃太郎ということである。
備前国の一ノ宮、吉備津彦神社
二つの神社のうち、まずは、岡山市中心部に近い方の吉備津彦神社からスタートした。この神社の背後には吉備の中山と呼ばれる神体山があり、これが備前国と備中国の境目である。吉備津彦神社はこの山の北東の麓にあり、もうひとつの吉備津神社は北西の麓に鎮座している。吉備津彦神社は備前国の一ノ宮、吉備津神社は備中国の一ノ宮。徒歩圏内に同じ神を祀る立派な神社が二つあるのは、そういう理由からだ。
吉備津彦神社は吉備津神社より規模が小さいが、たいへん端正で美しい神社である。手前に大きな池があり、鳥居からまっすぐに続く橋のような参道を歩く。その先の随身門をくぐると、拝殿から本殿までの建物が一直線に並んでいる。夏至の日には、この真正面から太陽が昇る配置になっているという。つまり、今歩いてきた参道は、夏至の日の太陽の道ということだ。
本殿の左側の森の中にある末社、温羅神社にもぜひお参りしておきたい。温羅(うら)とは吉備津彦が倒した獰猛な巨人で、桃太郎伝説における鬼のモデルである。ご祭神の宿敵が同じ敷地内に祀られる理由については、あとで述べる。