(田丸 昇:棋士)
3年ぶりに開催された「人間将棋」
冒頭の写真は、山形県天童市・舞鶴山の山頂で毎年4月に開催されてきた「人間将棋」の光景。広場に敷かれた約15×17メートルの巨大な将棋盤に、武者や腰元に扮した40人の男女を駒に見立てた恒例行事である。登場した2人の棋士が指した手に合わせて、人間の駒たちが動いていく様子は壮観だ。
戦国時代に天下を平定した豊臣秀吉が、将棋の駒の図柄を染め抜いた着物を着飾った腰元たちを駒に見立て、伏見城の広大な庭で将棋を指したという故事が「人間将棋」の始まりである。
江戸時代に天童藩は小藩で、下級武士たちは生活が苦しかった。そこで家老は救済策として、将棋の「駒作り」を奨励した。そんな歴史もあって、天童市は日本一の駒の生産地として知られている。
天童市は50年前から、桜が満開になる時期に舞鶴山で「桜まつり」を開催し、各地から約5万人が訪れている。主要イベントの「人間将棋」会場には、約2000人が入場して人気があった。
しかし、コロナ禍によって2020年から中止され、今年は3年ぶりの開催となった。感染防止のために、「人間将棋」会場は660人、隣接するパブリックビューイング会場は550人と、人数制限を課した。それでも全国から約1万7千人もの応募があった。
実は、超人気棋士の藤井聡太五冠(竜王・王位・叡王・王将・棋聖=19)が「人間将棋」に、対局者として初めて参加したからだ。
藤井聡太五冠と佐々木大地六段が登場
2000本の桜が咲き誇っていた4月17日。「人間将棋」が開演し、2人の棋士が登場した。
西軍の藤井五冠は武者装束の姿で、赤い陣羽織をまとった。東軍の対戦相手の佐々木大地六段(26)も武者装束で、青い陣羽織をまとった。
両者は将棋盤を挟んで相対し、盤を上から見渡せる物見矢倉の対局席に座った。会場には立会人を兼ねて「織田信長」に扮した人も登場した。天童藩の藩主は織田家だった。
「人間将棋」では、指しながら武者言葉で掛け合うところに独特の面白さがある。両対局者は解説者の木村一基九段(48)に、「語尾に《ござる》をつければ、それらしく聞こえます」とアドバイスされた。
藤井五冠の対局開始時の挨拶は、初めて使ったとは思えない武者言葉で、会場の将棋ファンを大いに沸かせた。
「本日は天童にお招きいただき、大変うれしゅうござる。佐々木殿と師匠の深浦殿には、公式戦でよく痛い目にあわされておるので、今日はその借りを返す絶好の機会じゃ。全軍を躍動させて勝利を目指したい。いざ、尋常に勝負でござる!」
藤井五冠は公式戦の対局で、佐々木六段とは2勝2敗の五分。その師匠の深浦康市九段(50)とは1勝3敗と負け越している。
佐々木六段の先手番で対局が始まり、初手は▲2六歩。青い着物の女性が一歩進んだ。藤井五冠の2手目は△8四歩。赤い着物の女性が一歩進んだ。ともに最前列にいる「歩」はすべて女性である。ちなみに、主に地元の高校生が駒に扮したという。
両対局者の掛け合い言葉の一部を紹介する。