戦時下にも咲く恋の花
若い恋人達に出会った。旧市街の路地。道の真ん中で互いの体に腕を回し見つめ合っている。映画のようなあまりにも美しい光景に思わず見とれた。
「戦場の恋だね」
と、声をかけると、青年の方が高揚した顔をこちらに向け話し出した。
「素晴らしいだろう、彼女の瞳。生きている喜びだよ。出来るならこんなサラエボから逃げ出したいけど、みんな行くあてもなく、どうしようもないんだ。でもね、彼女さえいてくれればいい。こんな事がいつまでも続くはずはないんだから。希望を持つことが大切なんだ」
こういう幸せそうなカップルがスナイパーのいちばんの標的になる。
「気をつけて、幸せにね」
そう声をかけて彼らと別れた。
やはり旧市街の路地を歩いていた時、どこからかピアノの音が石畳に流れてきた。誘われるようにくすんだ建物の薄暗い階段を上がって行った。
一室で少年がグランドピアノに向かっていた。一心に指を鍵盤に走らせている少年の横で、女性教師がじっと腕を組んで音に聴き入っていた。
突然の訪問は驚かせたようだったが、直ぐに笑顔が返ってきた。彼にも希望があった。
「いつか国際コンクールに出るんだ。幸いにもピアノがあるから、今は一日中ピアノの事だけ考えているんだ」
「頑張ってね」
と言って部屋を後にした。
今、この街で聴くショパンが叫びのように心を揺さぶった。