2019年7月、尹錫悦氏(右)を検事総長に任命した文在寅大統領。この時は笑顔で言葉を交わし合う関係だったが、21年3月に尹氏は検事総長辞任に追い込まれた(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 韓国大統領選挙の投票の翌日となる3月10日午前、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、第20代大統領に当選した尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏に電話をかけて、こう述べた。

「選挙の過程での葛藤と分裂を拭って国民が一つになるよう統合することが重要だ」

 さらに「新政府が空白なく国政運営がうまくいくよう支援する」と新大統領に約束した。

 報道によればこの他にも、「政治的な立場や政策が違っても政府は連続する部分が多い」「大統領の間で引き継ぎ事項もあるので近いうちに直接会って話をしよう」と提案したという。これに尹氏は、「いろいろと教えてほしい」「早期に会えることを望む」と応じたという。

 このやり取りだけを見れば、新旧大統領がスムーズに引継ぎを行い、選挙前に一部で予想されていたような「政治的報復」がなされそうな雰囲気は感じないかもしれない。

 だが果たしてそうだろうか。

 10日の電話会談を踏まえ、両者は16日に2人きりで面談する予定とされていた。だが、当日になり2人の会合は先送りが発表された。

 会合が急に取りやめとなった理由は公表されていないが、文在寅氏と尹錫悦氏との関係がやはり円満なものではなく、対立が深まる方向に流れていきそうな兆しを感じ取らずにはいられない。この会談に先立って実務協議が行われたが、調整が整わなかったといわれる。主な対立点は2つ李明博元大統領の赦免と、任期末における公共機関の長の任命問題である。