「国際平和のために働くことがイケてる」世の中にしたい、という表現が適切かどうかはわからない。90年代のスケート文化復興にあやかって70年代のヒッピー文化を復興させたいわけではない。でも少なくとも、大量虐殺を行ったり、貧しい人から略奪したり、犯罪集団に参加することがイケてる世の中よりは良い。実際、そういう時代は過去に確かに存在していて、現代では文字通り黒歴史となった。だから平和なことがかっこいい世の中を維持するということは、人類にとって非常に重要なことなのだ。読者の方には極めて釈迦に説法だが。

平和ブームを巻き起こせ――国連発のアートプロジェクト

 ということで、「国際平和のために働く」とまでは言わず、せめて「国際平和について語ることはかっこいい」文化を振興するべく、最近仕事でアートプロジェクトをいくつか立ち上げた。スケートは趣味だがこれは本業だ。

 ひとつはスペキュレイティブ・デザインだ。これは「思考のきっかけを提供する」デザインのことで、私の所属するイノヴェーション・セルでは、『未来の外交と平和づくりを再思考する』と題し、専門家とともに50年後の国連の業務の様子をデザインしてみた(https://futuringpeace.org/re-imagining-diplomacy-and-peacemaking.html)。この場所は地球上のどこなのか? どのような人がなぜ、何を議論しているのか? リアルとヴァーチャルな会話はどう区別されているのか? 服装の違いは何かを意味しているのだろうか? 答えはない。外交や紛争防止の根幹について考えさせられるイラストたちだ。

スペキュレイティブ・デザインで描かれた、50年後の国連のイメージ ©Dofresh for UN DPPA

 また、AR(Augmented Reality:拡張現実)を活用した国連平和ポスターコンテストも開催した。通常2次元で描かれる「平和ポスター」にAR技術を加えると、特別な携帯アプリを介せばポスターが立体化し動き出すようになる。我々とアートの間に「やりとり」が生み出され、平和への関わりを文字通り多面的に考えていただくことを意図した。一般募集の中から選ばれた優秀作品が現在ウェブサイト(https://futuringpeace.org/augmented-reality-peace-posters.html)で公開中である。

専用のスマホアプリをかざすと、ポスターが動き出す

 私個人はもともと仕事においては実用面重視派で、情報のソースが正確なら分析結果のビジュアルなんてどうでも良いと思いがちだった。だが、質さえ高ければ皆が興味を持ってくれると思いこむのは、それが商品であれ芸術であれ学問であれ、傲慢だとも思う。だからアルジャジーラが上述の「72年分の国連総会決議を分析した結果」というわりとマニアックな記事を、あんなにも可愛くおしゃれに発表していたのには感動した。

 国連創設以来の弛まぬ努力の結果、識字率の上昇や、女性の社会的地位の向上、情報インフラの整備はもちろん、人権・平和教育のおかげでより多くの人々が国際政治のステークホルダーとなった。今日こそ、「国際平和」は老若男女問わず多くの人に親しまれる、かっこいい、イケてるトピックでなくてはならない。その文化が形成されてようやく、国連職員を職業としたいと考える人が増えるだろう。2022年、70年代以降約50年ぶりの「平和ブーム」は、今年中に巻き起こしたい。

高橋タイマノフ尚子
国連政務・平和構築局 政策・調停部 イノヴェーション・セル 政務官。 国連平和維持活動(PKO)局地雷対策部スーダン事務所に入局したのち、NY本部での中央アフリカ共和国平和維持活動ミッション(MINUSCA)担当政務官補、旧ソ連中央アジア担当政務官を経て現職。専門は武力紛争、平和維持。2019年には国連で初めて最新テクノロジーやAIを活用した紛争分析、解決を専門に扱う新チーム「イノヴェーション・セル」を同局内に立ち上げた。2021年度国連事務総長賞二部門ノミネート。上智大学外国語学部ロシア語学科学士(学長賞)、米国コロンビア大学国際公共政策大学院修士(日本/世界銀行共同大学院奨学金フェロー)。ロシア語、英語に堪能。

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