伊藤が英国留学中、長州藩が西洋列強と交戦中と知り急遽帰国すると、開国論者だった伊藤は攘夷派から命を狙われていることを察知し、下関の亀山八幡宮に隠伏する。

 そこで近くの茶屋の芸者で、当時17歳のお梅と出会う。

 その瀟洒で凄艶な美しさに目を奪われた伊藤。2人はすぐに恋仲となった。

 梅子は献身的な女性で、わが身の危険を覚悟で伊藤を匿った。やがて、お梅は伊藤の子を宿すと、伊藤は最初の妻すみ子と離婚。

結婚当初の梅子夫人。凜として聡明、穏和で瀟洒な女性である

 すみ子はのちに、長州藩士、長岡義之と再婚。その仲人を務めたのは元亭主の伊藤だった。

 伊藤とお梅は結婚し、お梅は梅子と改名する。その後、梅子は伊藤の偏斜した女道楽を目の当たりにすることになる。

 伊藤は自宅に、女房がいるにもかかわらず、芸者を時に1人、時に大勢を引き連れて帰った。

 芸者は芸事を売るのが本分、踊りや三味線はもちろんのこと、芸姑は男を虜にする夜の所作も熟知している。

 芸者上がりの梅子は、夜、亭主と共寝した芸者を丁寧にもてなし、帰る際には反物など手土産を持たせ、ある時は金銭を渡した。

 人間は嫉妬する生き物だが、もし、他人に嫉妬しない人格があるとすれば、それは、相手と同じ価値観で相手の喜びを受け入れられる。

 自身と他人と比較せず、いつも自分を高めることに努められる。日々、大切に思う人から愛されていることを感じられる。

 現在の自身の幸福な人生に満足している人ではないか。

 梅子にはそうした凜性があったのだろう。だが、そんな賢妻でも時に嫉妬で暗鬱になることもあった。