日本人は「思想」では動かない

養老 日本人の環境意識についてはどう見ていますか。

斎藤 養老先生は、日本では環境破壊に反対する空気が強いとおっしゃいましたが、不思議なのは、気候変動問題に関しては日本より欧米の方が対策を求める声が強いんですよね。

養老 確かに、声としてはっきりと出ていますね。1つは、ヨーロッパは特に生活に直接的に関係があるからかもしれません。たとえば北欧は氷河がありますね。彼らにとって氷河の融解はけっこう身近な問題でしょうけれど、日本の場合はただ夏がやたら暑いというだけで終始しているような。

斎藤 気候変動はあんまり身近じゃないんですかね。

養老 そう、ぴんときていませんね。

斎藤 日本人はなぜ気候変動に危機感を抱かないのだろうというのはよく考えます。日本でも、たとえば農業では暑すぎて作物が育たなくなったり、漁業では今まで捕れない魚が捕れるようになったりとか、目に見える変化が起きています。それなのに、こたえていないというか、深刻に受け止められていない。ジャーマンウォッチという団体によれば、気候変動による被害は、日本がすでに世界一なのですが。

養老 一概にはもちろんいえないのですが、古くは和辻哲郎が『風土』(岩波文庫)で指摘しているように、歴史的にヨーロッパでの自然は大人しくて、災害も少なかった。だから地球温暖化問題が大きく感じられるし、一方で日本人にはあまり感じられないのかもしれません。最近では、第1次産業に従事している人の割合が1950年代の10分の1以下になっていることを考えると、稼ぎに直結しなくなっていて、だから、こたえないんだと思いますね。

斎藤 先日、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が最新の報告書で、気候変動の原因が人間活動であることが「疑い得ない」としましたが、欧米ではそれがほぼ共通の認識になっています。けれども日本では懐疑派の人たちが多い。自然の大きな力が働いているんじゃないか、人間が対策を講じる必要なんてあるのかと、そんな言説が目につきます。

養老 気候変動が本当に人為的要因によるものかどうかという議論は結構あって、私には何が正しいのか判断はつきかねるんですが、そうした反応の背景として、日本人が「思想」では動かないということがありますよね。

 地球温暖化は、国連とか一部の科学者がどこかで議論している「思想」の問題であって、自分たちの日常生活とはおよそ縁がないと思っている人が多いんじゃないか。感覚的に判断するから、自分の現実とは無関係な、どこか偉い人がやっている「思想」なんだというふうに。

 その代わり日本人は空気で動きます。環境破壊は許せないと血相を変えて叫ぶ人がたくさんいるけれど、それは空気の仕業であって、直接的な危機意識から唱えている人がどこまでいるのか、そこに確固とした思想はないんですよね。