斎藤 僕も日本人の現実からの乖離というのは感じますね。言葉だけがふわふわと宙を浮いているような。

養老 それを一番感じるのは「生命尊重」という言葉ですね。日本人は本当に生命を尊重しているのかと考えると、全然していないと思う。だって若年層の自殺がこれだけ増えているんですよ。10代後半〜30代の死因の第1位が自殺ってどういうことなのか、考えます。結局のところ、生命を大切にしていないのです。自分の命を大事だと思っていない人が、人の命を大事に思うはずがないでしょう。その代わり、「安心・安全」という言葉をよく使いますよね。ものすごくこだわるその安心・安全は、思想や理念ではなく、基準が揺れ動くものですよね。

斎藤 全部そうですね。「人権」とかもそうだと思います。日本にはなかなかそういう理念、概念が根付かない。

養老 表層的にわかったふりをしていても、結局ぎりぎりのところに来るとボロが出るんですよ。だから、失言問題がしょっちゅう起きている。

斎藤 今回の東京五輪はその典型だったかもしれないですね。「多様性」とか「持続可能性」とか、耳障りのいい言葉をいろいろ振り回したけれど、結局は形だけというのが露呈した。

養老 どこまで本気なのかを聞きたくなることが多い。やっぱり自分自身に関わってこないと本気にならないんですね。

斎藤 だから本質的なところが全部薄められちゃうんですよね。昨今の「SDGs」なんてその最たる例だと僕は思っているんです。本当は重要な理念が入っているんだけど、結局、金儲けの道具にされてしまう。

養老 日本は何を目指すべきなのか、ですね。

脱成長のカギになる里山の循環

斎藤 養老先生は、都会と田舎を行き来して暮らす「現代の参勤交代」を提唱されていますね。

養老 都会で働いている人は、1年のうち何カ月かは長期休暇にして田舎で暮らしてみるといいんですよ。都会で頭ばかり使っているんじゃなく、田舎で自然に身をおいて身体感覚を取り戻さないと、頭と身体のバランスが取れない。

斎藤 田舎に人が集まるのは、日本が脱成長を実現するうえでもすごくいいことだと思います。気候変動も人口減少も深刻な問題としてまず襲ってくるのは地方ですよね。日本の危機は地方から顕著に表れる。だから、地方の人のほうが、この社会のあり方はおかしいと強く感じられるはずです。もちろん都市の生活を変えることは絶対に必要なんですが、「脱成長」の萌芽が出てくるのは地方かもしれません。