アルバムの中に、調印式典の有名な写真もあった。甲板に置かれたテーブルの手前に全権の重光葵外務大臣、梅津美治郎陸軍大将ら日本側全権代表11名が3列に並んで直立不動で立っている。テーブルの向こう側で、マイクに向かって演説するマッカーサー元帥の姿。その後ろに各国代表と高級将校たちが整列し、取材陣や乗員たちが取り囲んでいる。アルバムの写真は黄ばみを帯びて、「連合国軍参列者の3列目、右から2人目にデイビッドがいる」と、赤いマジックの矢印と添え書きがしてあった。

テーブルクロスにコーヒーの染み

「ほら、調印式で使った長テーブルの上にテーブルクロスが掛かっているでしょう。実はこれ、デイビッドが用意したものなのですよ」と、ピーター氏が指差した。

 ピーター氏が父から聞いた話によれば、調印式直前に甲板に置かれた長テーブルが古くて汚れていた。厳粛な式典に相応しくないと思ったラール大佐は、急いで船室に降りると被いになりそうな布を探した。ふと乗組員がコーヒーを飲みながらポーカーをしているテーブルクロスが目に止まった。「おい、ちょっとそれを貸してくれ」と、声をかけざま勢いよくテーブルクロスを剥がすと、コップに残っていたコーヒーがこぼれて茶色い染みを作った。

「父は調印式の間中、しきりにコーヒーの染みが気になったと言っていましたよ」

1945年9月2日東京湾に停泊するミズーリ号甲板での降伏文書調印。中央で署名するのが重光葵、重光の前で署名を見守るのはリチャード・サザーランド中将。この机にかけられているテーブルクロスを機転を利かせて用意したラール大佐だったが、うっかりコーヒーをこぼしてつけてしまった染みを心配していたという(Army Signal Corps photographer LT. Stephen E. Korpanty, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)