【強靭な保健行政】

 次に保健行政の強靭化も不可欠である。この点についても、ニューノーマル・アプローチとリダンダンシー・アプローチの両面から提案したい。

(2N)保健庁(日本版CDC)を設置せよ

 ニューノーマル・アプローチとして、国立感染症研究所と保健所のいくつか主要機能を移管した「保健庁」(日本版CDC)を内閣府に設置すべきである。

 今次のパンデミックでは、両機関の担当業務が激増し、ボトルネックとなっている。その背景には、国立感染症研究所や保健所の広すぎる業務範囲(独占的権能)がある。

 国立感染症研究所の業務は、①研究業務、②感染症のレファレンス業務、③感染症のサーベイランス業務、④国家検定・検査業務、⑤国際協力関係業務、⑥研修業務、⑦アウトリーチ活動等と多岐にわたっている。

 保健所についても、感染症対策などの対人保健業務に加え、飲食店や旅館等の営業許可や検査といった対物保健業務も担っている。

 まず国立感染症研究所については、研究者は査読付き論文の本数によって評価されることから、過度に研究業績を追い求める悪弊があり、そのような評価制度が限られた人的資源の最適配分をゆがめてしまう可能性がある。また保健所については、対人保健業務の対象である感染症は都道府県を超えて広範に拡大する場合がある一方で、対物保健業務の対象である食中毒などは概ね地域限定的に発生する場合が多い。これらの業務を整理したうえで、より機能的な組織を設立する必要がある。

 そこで、対人保健を所管する厚生労働省健康局と感染症研究所を統合したうえで、厚生労働省から分離し内閣府に保健庁(日本版CDC)として設置すべきである。なお、感染症研究所がこれまで担ってきた基礎研究部門は、国立大学に移管し、保健庁では米国や台湾のCDCの組織と同様に、実装研究やサーベイランス業務、情報収集などを主要な業務とすべきである。

 また、新たに都道府県保健本部を新設し、現行の都道府県保健所から対人保健業務を移管させ、現行の都道府県保健所は生活環境センターと改称して対物保健業務に特化させるべきである。都道府県保健本部は、道府県警察本部と同様に設置は都道府県が行うものの、本部長を国が任免する制度とすべきである。これは、先に議論したように、対人保健は都道府県を超えて拡大することが多く、より強い国の関与を必要とするためである。

 さらに、不足が指摘されている保健師については看護師と統合すべきである。そもそも保健師は、戦後GHQの指導により当時の総合的な看護教育水準の不十分さから制度化されたものであるが、海外にはほとんど例のない職種である。また、現状の大学看護学部4年教育においては、保健師に関する教育もカバーされており、多くの看護師が保健師の業務に対応可能である。現実には、実習先の確保などに困難があり、保健師資格を取得する人が多くなく、また保健所の業務を保健師が独占しているため、ボトルネック化してしまっているのだ。

 もちろん現行の保健師の専門性は否定されるものではない。看護師との統合にあたっては、現在の保健師については、一定の研修を課すことを条件に「保健専門看護師」に認定する等の移行措置を講ずる必要があろう。

(2R)広域連合立保健大学を設置せよ

 リダンダンシー・アプローチとして、「広域連合立保健大学」を3~5校程度新たに新設すべきである。多くの病床がありながら、医療崩壊が発生する原因の一つが医療資源の偏在であり、偏在の解消に失敗しているためである。特に、現行の保健所は都道府県単位で運営されているため、都道府県境界を越えた病院調整が行われていない。結果として、ある県で病床がひっ迫していても近隣の県では病床に余裕があるという状態も発生している。

 例えば令和3年8月25日の病床の状況を見ると、27日から緊急事態宣言となった宮城県のコロナ病床利用率は72%である。これを東北5県で合算して計算すると、病床利用率は52%となり緊急事態宣言解除の目安となる50%をわずかに上回る程度となる。8月25日の段階で50%を下回るのは15道県あり、これらの道県で病床利用率が50%となるまで他県の患者を受け入れ可能だとすると、全国で640床あまりの病床を確保することができる。

 8月29日現在、大阪においては1000床の「野戦病院」が計画されているが、上記の640床は直ちに利用可能な病床である。救急車で受け入れ先を探すために数時間を要したとの報道もあるが、新幹線を活用すれば数時間で相当数の病床にアクセス可能であろう。

 そこで、複数の都道府県によって広域連合を設立し、広域連合立保健大学を新設すべきである。広域連合立保健大学には、医学部、歯学部、獣医学部、薬学部、看護学部等の医療系学部を設置する他、附属広域保健センター及び複数の附属病院を設置する。そしてこの広域保健センターは、特に都道府県境界を越えた緊急事態に都道府県保健本部の代替補完機能を担当させることで、パンデミックにおいて医療資源を広域的に活用できる体制を整えておくべきである。なお、医学部定員などについては純増として、上記で議論してきたような医師の過少を解消させるべきである。また、設置運営にあたっては交付税で十分な財源を保障するべきであろう。