【強靭な医療供給】

 まず強靭な医療供給体制の構築が不可欠である。この点について、ニューノーマル・アプローチとリダンダンシー・アプローチの両面から提案したい。

(1N)オンライン診療制度恒久化を着実に実施せよ

 ニューノーマル・アプローチとして、「オンライン診療制度の恒久化」を着実に実施すべきである。オンライン診療は、これまでも医師会が強く反対をしてきている。これはオンライン診療によって、空間的(地域的)な独占構造が崩れるためである。現在の感染状況を受けて、時限的な特例措置としてオンライン診療が認められているが、この恒久化を着実に実施すべきである。

 オンライン診療には様々なメリットが存在する。まず、感染症についていえば、接触することなく診療が行えるため、安全である。また、局地的に感染が拡大し医療がひっ迫した場合、他地域からの医療供給も空間的移動を伴うことなく可能になる。いうまでもなく、オンライン診療の設備やノウハウは、すぐに整うものではない。平時からオンライン診療を行う体制を整えておくことが、次のパンデミックへの備えとしても必要である。

 なお、オンライン診療制度の恒久化は「規制改革実施計画(令和3年6月18日閣議決定)」に明記されており、着実に実施されるべきである。オンライン診療は医師法第二十条によって制限されていると解されているため、改正案としては以下のようなものが考えられよう(下線部を追記)。

<第二十条 医師は、自ら病院、診療所等において又は直接訪問をして若しくは情報通信機器を用いて診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない>

(1R)看護診療師(日本版ナースプラクティショナー)を制度化せよ

 リダンダンシー・アプローチとして、自律的な診断、処方が可能な「看護診療師」(日本版ナースプラクティショナー)を制度化すべきである。

 現在、診断や処方といった医業が行えるのは医師に限定されているが(医師法第17条)、図4を見ればわかるように、その医師の数(人口当たり)はG7の中で我が国が最小である。我が国の1000人当たりの医師数は2.5人であり、ドイツ(4.5人)の半分強の水準である。アメリカ(2.6人)やカナダ(2.8人)と比べると同等のようにもみえるが、アメリカやカナダでは、ナースプラクティショナーと呼ばれる上級看護師が、処方権を持って自律的にプライマリケア(一次診療)を担っており、それを合わせて考えると日本の医業の供給は非常に小さい。

 結果として、世界最大の病床を有していながら、医療崩壊を引き起こしてしまうのである。

 またワクチン接種の担い手も不足したため(筋肉注射は医師法によって医師でなければできないとされている)、政府は違法性阻却という法的概念を持って歯科医師による接種を推進した。違法性阻却は「違法だけれども緊急時なのでやってください」という超法規的措置であり、「人命は地球より重い」とされたダッカ事件以来の措置ともされる。本来は、違法性阻却は司法府の判断であり、あるいは立法府の改正手続きを経てなされるべきものであるが、このような超法規的措置を取らなければならない程、医師が不足しているのである。

 現行法制においても、看護師は医師の指示のもとに医行為を行うことができるが、医療がひっ迫しているときには、医師の指示がボトルネックになることもあり、また平時からの診療経験が、緊急時における迅速で効果的な体制構築に寄与する。そこで、可能な範囲をプライマリケアに限定する等、看護の専門性を踏まえたうえで、自律的に診断、処方を行う看護診療師を制度化すべきである。看護診療師はアメリカやカナダのナースプラクティショナー制度に倣って、大学院教育課程を課した公的資格とすべきである。なお、現行法制において処方権を持たないものの一部の医行為が可能な「特定行為を行う看護師」制度が存在しているが、必ずしも看護の専門性に基づいた制度とは言えない。制度としては看護診療師に統合し、現状の特定看護師については一定の専門教育課程を課すことで看護診療師に移行させればよい。

 加えて、看護診療師の制度化にあたっては、当初よりオンライン看護診療が可能となる制度とすべきである。上記の医師によるオンライン診療恒久化が滞る場合は、オンライン看護診療を先行実施させればよい。そのことが、オンライン診療恒久化への改革のエンジンとなる。

 もちろん、看護診療師は医師の独占構造を崩すことになるため、強い抵抗も予想される。しかし、独占構造を崩しリダンダンシーを確保することこそが強靭な医療供給に不可欠なのである。しかも、自律的に診断や処方を行う看護師はアメリカ、カナダ、イギリス等、多くの国で制度化されているごく一般的な制度である。

 看護診療師の制度化には、保健師助産師看護師法の改正が必要となる。考えられる改正案(追記すべき条文案)は以下のようなものであろう。

<第●条 この法律において「看護診療師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、看護診療を行うことを業とする者をいう>

<第●条 看護診療師は、自ら診療所等において又は直接訪問をして若しくは情報通信機器を用いて診察をしないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付してはならない>

<第●条 看護診療師は、患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には、患者又は現にその看護に当つている者に対して処方せんを交付しなければならない>

【図4】医師数の国際比較(人口1000人当たり)
出所)OECD health Stat
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