出羽前教授は、2007年に起こった時津風部屋暴行死事件で、当初、愛知県警によって「病死」と判断された力士の解剖を行い、その判断に異議を唱えた法医学者だ。この事件は結果的に、暴行・傷害による致死事件であったことが発覚し、犯罪見逃しの危険性と解剖の必要性について一石を投じることとなった。

 出羽前教授は言う。

「今まで、『しっかり死因を調べてもらいたかった』という遺族の言葉を、どれほど聞いてきたことでしょうか・・・」

 岡林さんは語る。

「昨年、東大と千葉大で法医学教授をつとめておられる岩瀬博太郎先生も、ABEMATIMESの取材に応じて息子のCT画像をご覧になり、『このCT画像だけで溺死と断定しちゃまずいと思います』さらに、『仮に溺死だとしてもその原因はさまざまで、安易に事故で溺死などという判断は本来はやってはいけない。解剖も初動捜査もしっかりやるべき』とコメントされていました」

 ちなみに、千葉大学附属法医学教育研究センターのサイト(https://www.m.chiba-u.ac.jp/class/houi/)内にある「プランクトン検査」の項目には以下の記載がなされている。

『水中死体の肺や腎臓の珪藻類の存在を検査することによって、生前に水に入ったか否かを判定します。この検査は強酸で有機物を溶解させ、顕微鏡により残った組織のなかの珪藻類の有無及び密度を確認するもので、壊機試験と呼ばれています。当センターでは、溺死が疑われるすべてのご遺体についてプランクトン検査を実施しています』

(外部リンク)千葉大学附属法医学教育研究センター〈検査方針〉
https://www.m.chiba-u.ac.jp/class/houi/about/policy.html

 数年前、筆者はフィンランドのトゥルク大学法医学教室へ取材に行った。その際、同大の医師たちはこう話していた。

「フィンランドにはフィヨルド(氷河が解けてできた入り江)がたくさんあり、水死が多いのですが、すべて解剖し体内のプランクトン検査を行っています」

 つまり、そこまで調べないと、溺れて死んだのか、死んでから沈んだのか、また、別の場所で亡くなったのか、といったことがわからないというのだ。

フィンランドの死体用冷蔵庫。解剖数の多いフィンランドではこうした死体用冷蔵庫が日本よりも圧倒的に多い(筆者撮影)

なぜ遺体発見からわずか1時間後に「司法解剖の必要なし」の判断を下せたのか

 岡林さんは悔やんでも悔やみきれないと言う。

「警察はなぜ、解剖は無駄だと言ったのか・・・。過ぎてしまった時は戻せません。取り返しがつきません。あのとき、こうした大事なことを知っていれば、もっと勉強しておけば・・・、後悔しかありません」

 なぜ、高知県警は発見からわずか1時間後に、「司法解剖の必要なし」と判断できたのか? 溺水死体が発見された場合、CTだけで死因は特定できるのか。解剖やプランクトン検査は行わないでよいのか。

 高知県警に質問したところ、捜査一課の岡田桂一氏から次のような回答が寄せられた。

「個別案件については関係者の名誉、プライバシーの問題がありますので回答を控えさせていただきます。ただ、溺水死体が発見された場合、当然、捜査の必要性があれば手続き法令などにのっとって、解剖もプランクトン検査もおこなっております。プランクトン検査を行わない場合の理由や判断基準というのは、事案ごとに異なりますので一律にお答えするのは困難だというのが答えになってしまいます」

 ちなみに2020年、高知県警では1年間で1199体の変死体を扱っており、91体が解剖されている。溺水死体は35体扱われたというが、そのうち何体が解剖されたのかについては明らかになっていないとのことで回答が得られなかった。