世界的な感染症の蔓延もあり、細胞やウイルスへの関心がこれまでないほど高まっている。だが、ウイルスが病気をもたらす、というのはウイルスの一面のイメージに過ぎない。地球上のウイルスの数は細胞よりも圧倒的に多く、ウイルスが人間に病気を引き起こすのは「ウイルスが細胞に感染し、その中で増えて飛び出す」という一場面だけだ。それでは、あらゆる生物を構成する細胞の内部では何が起こっているのだろうか。
巨大ウイルスとは何か、トーキョーウイルスとメドゥーサウイルスの発見の経緯、ガードン博士による核移植実験の意義、ウイルスが細胞に感染するメカニズムとワクチンが働く仕組み、この時代に細胞やウイルスについて学ぶ意味とは──。『細胞とはなんだろう『生命が宿る最小単位』のからくり』(講談社ブルーバックス)の著者・武村政春氏(生物学者・東京理科大学教授)に話を聞いた。(聞き手:横山 優二 シード・プランニング研究員)
──ご専門はウイルス学で、その中でも巨大ウイルスについて研究されています。
武村政春氏(以下、武村):巨大ウイルスは、それまでに知られていたウイルスよりもゲノムや粒子のサイズが比較的大きいものを指します。21世紀になって相次いで見つかるようになりました。
──どれくらいサイズが違うのでしょうか?
武村:現在進行形の新型コロナウイルスはだいたい120ナノメートルくらいの大きさだと言われています。巨大ウイルスは新型コロナウイルスの2倍、3倍くらいの大きさものが多いですね。
巨大ウイルスの典型的なものの一つに「ミミウイルス」というのがあります。ミミウイルスは、2003年にフランスの研究者によって発見されました。これは、巨大ウイルスという概念が生まれるきっかけになったウイルスです。
「ミミウイルス」のサイズは800ナノメートルで、新型コロナウイルスの5倍から6倍ぐらいの大きさです。新型コロナウイルスはもちろん光学顕微鏡では見えないほど小さいのですが、ミミウイルスのような巨大ウイルスは、光学顕微鏡で見ることができます。
──巨大ウイルスの重要性について教えてください。
武村:2015年に『巨大ウイルスと第4のドメイン 生命進化論のパラダイムシフト』(ブルーバックス)という本を出しました。その当時は、巨大ウイルスは細菌、古細菌、真核生物という既存の生物とは異なる第4のドメインに属する可能性があると考えていました。
その後、他のウイルスが次々に見つかり、ゲノム解析も進みました。その結果、現在は、巨大ウイルスは第4のドメインというよりもむしろ、もっと小さなウイルスだったものが巨大化している途中なのではないか。言い換えれば、いずれ生物になるかもしれない方向へと進化している存在ではないか、と考えられるようになっています。私もそのように考えています。
巨大ウイルスの研究をしているうちに、巨大ウイルスがわれわれ生物の遺伝子をいくつか持っていたり、逆に生物の方が巨大ウイルスの遺伝子を取り込んだりしていることが分かってきました。この遺伝子のやり取りは、巨大ウイルスと生物の間だけはなく、普通のウイルスと生物の間にも起こりえます。
つまり、ウイルスと生物の間には、お互いに遺伝子を取ったり取られたりという関係が頻繁に起こっていて、それがずっと続いてきたのではないか。生物の進化において、ウイルスとの遺伝子のやり取りはかなり大きな部分を占めるのではないか。生物の進化とウイルスは切っても切れない関係にあって、ウイルスがいたからこそ、私たちが今ここにいると考えることもできる。巨大ウイルスは、生物の進化や人間の進化に肉薄するような材料を持っている、とてもいい題材なのではないかと考えています。