――実際のところ、すでに出来てしまったがんを大きくさせたり、悪化させたりする食べ物というのはあるのでしょうか。

大津 「これが経過を悪くする」というようなものは無いと考えて大丈夫です。服用中の薬との相性は確認していただきたいですが、治療中に食べてはいけないものは基本的にありません。そもそも、がんは特定の原因でできるものではないからです。ストレスや生活習慣が原因だと思っている方が多いのですが、多様な原因が組み合わさったもので、食事ががんの発生や死の要因となる割合はかなり低いのです*2

 ですから、食べ物が原因で寿命が縮まるということもありえません。おまんじゅうやケーキを食べた分だけ、がんが大きくなって寿命が縮まることはないのです。むしろ、しっかりエネルギーを摂取し、おいしく食べてよい気分になった方が治療にもしっかり取り組めて、プラスになるでしょう。

*2 日本人が生活習慣や感染が原因でがんに罹患すると考えられるのは、男性53.3%、女性27.8%。そのうちで大きな原因になるのは、喫煙(男:約29.7%、女:約5.0%)と感染(男:約22.8%、女:約17.5%)であり、食生活などその他のものは比較的小さいと報告されている。
(国立がん研究センターがん情報サービス)
https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/factor.html

【がん発生の要因別PAF】国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究グループ 「科学的根拠に戻づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」より
PAF =population attributable fraction(人口寄与割合)
拡大画像表示
【がん死の要因別PAF】国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究グループ 「科学的根拠に戻づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」より https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/2832.html
拡大画像表示

「予防のための食事」と「治療中にふさわしい食事」は違う

――がんを予防する食事は、科学的なエビデンスがあるものも含めメディアで多く紹介されている一方で、現在進行形の患者は「何を食べてもいいですよ」と言われて、かえって不安になります。

大津 「がん予防のための食事」と「治療中にふさわしい食事」は必ずしも一致しないということは、まず知っておいていただきたいことです。患者さんにとって食事は医療と違って日常にあり、自分で実践できるものなので、「チャレンジしたい」「自分でできることはやろう」と思われるでしょう。実践するのであれば、まず主治医や看護師、管理栄養士などに相談していただきたいですね。管理栄養士は栄養のことだけでなく、食べやすい味付けや口当たりなどを考慮したレシピや栄養補助食などを提案してくれます。また、「がん病態栄養専門管理栄養士」という特化した栄養士もいます。

――日常生活の中でなんとかしたい、してあげたいという心情も痛いほどわかります。糖質制限など、特別な食事療法は「やってはいけない」なのでしょうか。

大津 がん治療がうまくいっている間に肥満傾向になって、主治医から指摘があるなど、治療に差し障らないのであれば、糖質を減らした食事にしてもいいと思います。がん治療後も健康に過ごしていくために、糖尿病など別の病気にならないようにしたいものですから、取り組む価値があるでしょう。

 しかし、がんが進行している、副作用が強く出ている、痩せ始めたといった患者さんはチャレンジしてはいけません。私たちが治療を考える時もそうですが、その人に合っているかどうか、QOLを下げないか、かえって身体を弱らせないかということに注意を払うことが非常に大切なのです。

 何かの食事療法にチャレンジしても「きついな、合わないな」と思ったら、いったん止めてみましょう。治りたい、治してあげたいからこそ、ものすごくまじめに取り組まれるでしょうが、自分の体の声に耳を傾け、体重など客観的な数値を見ながら「いったん止める」ことも大切です。食事そのものが命に関わることですから、総合的に健康であること、いい状態を保つことを最優先にして下さい。