しかし、期待とは裏腹に、磨憨では鉄道の駅や線路、また国境につくられているというトンネルも全く見当たらなかった。そこには、こじんまりとした町並みと、国境を越えてラオスと行き来するトラック、そして東南アジア産品を扱う市場などがあるだけだった。貿易用の施設などは整備されている様子だったが、それでも特に目立った開発は行われていなかった。

磨憨では多数のトラックがラオスに入国するために並んでいた

 しかし、わざわざこんな辺境にまで来た手前、このまま引き下がるわけにはいかない。そのため、著者だけは急遽ラオス側に行ってみることになった(ビザなしでラオスに入国できるのは著者だけであり、友人たちはあきらめた)。中国側でトンネルや線路が見つからなくても、ラオス側なら見つけられるかもしれないと思ったからだ。

 反対側の町・ボーテンに関する情報が全然なく不安ではあったが、著者は中国を出国した。このとき、中国側のイミグレーションには、一帯一路に関連する国の国民を対象にしていると思われる「一帯一路レーン」という専用の出国審査レーンがあり、興味深かった。

 中国を出国し、山に囲まれた砂利道を歩いて進む。後ろにあった磨憨の町はすぐに見えなくなり、横を走る巨大なトラックとともに先にあるラオスを目指す。こんな場所に、一体どんな町があるのか。中国側の磨憨でさえ大きくなかったので、ラオス側の町はもっと小さなものだろうと想像された。

 しかし、そんな想像はすぐに打ち砕かれた。山道がひらけてくると、なんとその先に見えたのはまるで蜃気楼のような巨大ビル群だったのだ。手前にある黄金に輝くイミグレーションを越えると、そこがラオスだった。

ジャングルの先に突如現れたボーテンの巨大ビル群。黄金色のイミグレーション手前には、中国語で大きく「ボーテン特区へようこそ」と書かれている

「一帯一路先行区」を目指すボーテン

 町の名前はボーテン。ラオスに行ったことがあったとしても、この町のことを聞いたことがある人はほぼいないだろう。それくらい無名で、へんぴな場所にある。ところが、そのような場所に、首都ビエンチャンでも見ないほどの高いビル群が建設されており、一大都市に変貌しようとしている。その原動力となっているのが、中国ラオス鉄道であり、それに触発されたボーテン経済特区の開発だ。