およねさんに振りまわされていたのは、交通課と地域課だけではない。署の2階にある刑事課の部屋にもズカズカと入り込んできては、「うちの物がちょこちょこ盗られて無くなるんですわ。家まで調べに来てもらえませんか」と被害を何度も申告する。
それを受けて、刑事課盗犯係だった私はおよねさんの自宅に足を運び、現場見分と鑑識活動をくり返したが、窃盗事件を立件できたケースはひとつもなかった。警察としては、仮に当人の思い違いだったとしても、被害申告があれば無視することはできない。その後も、およねさんの通報や被害申告は相次いだ。もしかしたら、軽度の認知症を発症されていたのかもしれない。
そんなお騒がせばあさんの姿が、ある日を境にぴたっと見えなくなった。最初のうちは静かになった署内に胸をなでおろしていたが、時間が経つにつれてだんだんと心配になってくる。およねさんは、独居の高齢者だ。家の中で倒れているかもしれない。彼女の身を案じた署員が自宅まで様子を見に行ったが、応答がいっさいなかった。そのため、署の生活安全課から娘に連絡。数日後、娘が自宅内を確認したがおよねさんの姿は見当たらず、署に行方不明者捜索願が届出された。