「パパはぼくたちのこと、好きなのかな」と息子に言わせ、「親父は自分の人生、どうしたかったんだろう」と自問する。『海よりもまだ深く』の主人公は惑う父親であり、悩める息子でもある。
小説家だった良多は離婚した元妻のことが諦めきれない。月に一度の息子との面会日。なんとか父親として、かっこつけようとするが、元妻には既に新しい恋人ができていた。祖母に懐いている息子はそれでも足掻き続ける父のことも嫌いになれない。
父親でもある監督が実際に子ども時代を過ごした団地で撮影された本作。なりたかった大人に誰もがなっているわけではないというテーマが身に染みる。「誰かが誰かの役に立っている」とどんな息子でも見捨てない母役の樹木希林の言動が自然で、まるで彼女自身のキャラクターのようだが、台詞は監督が母親から言われた言葉をそのまま、一語一句、変えずに使っているそうだ。
ずっと迷いながら、手探りで親を続けていくしかない
できない子でも親には愛おしい。そんな母親の慈愛に満ちた視線にほだされる。ちなみにこの作品だけでなく、是枝作品で途方に暮れる父親が登場する時、名前が決まって良多である。くすっと笑える家族のドラマ「ゴーイング マイ ホーム」や『歩いても 歩いても』、そして『そして父になる』。
大手建設会社のエリートで、都心のマンションに妻と息子の三人で暮らす野々宮良多はある日、産院からの電話で、自分の息子が取り違えられていたと聞かされる。本当の子どもは群馬で小さな電気店を営む斎木夫婦のもと、大家族でにぎやかに暮らしていた。両夫婦は互いに育てた子どもに情を抱きながら、結局は血のつながった子どもとの生活を選ぶ。
野々宮夫妻は田舎でのびのび育った子どものためにおうちキャンプを開催する。お金をかけた趣向に子どもは楽しそうにして見せるが、子どもにとっては安物でも父とその辺の空き地で凧揚げをしていた時の方がずっと幸せだった。
最終的には子どもに「パパなんてパパじゃない」と言われる羽目に。社会的には勝者であっても、父親として優秀であるとは限らない。誰もがきっとそうであるように、これからもずっと迷いながら、手探りで親を続けていくしかないのだった。
多様な家族が登場する是枝作品。知らない家族の話のはずがいつだって、子どもの思い、親の事情に感情移入せずにはいられない。そうして、不安定な暮らしのなかで溜まってしまった気持ちの澱が自ずと浄化されてゆくのだ。知らずにたまったイライラや不安。誰かにぶつける前に、まずは映画を介して、自分と向き合うことをお勧めしたい。
万引き家族(2018)
<キャスト>リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ 緒形直人 森口瑤子 山田裕貴 片山萌美 柄本明 高良健吾 池脇千鶴 樹木希林
<スタッフ>監督・脚本・編集:是枝裕和
誰も知らない(2004)
<キャスト>柳楽優弥 北浦愛 木村飛影 清水萌々子 韓英恵 YOU 岡本夕紀子 加瀬亮 遠藤憲一 寺島進
<スタッフ>監督・脚本・編集:是枝裕和
奇跡(2011)
<キャスト>前田航基 前田旺志郎 大塚寧々 オダギリジョー 夏川結衣 阿部寛 長澤まさみ 原田芳雄 樹木希林 橋爪功
<スタッフ>監督・脚本・編集:是枝裕和
海よりもまだ深く(2016)
<キャスト>阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキー 池松壮亮 中村ゆり 高橋和也 小澤征悦 吉澤太陽 峯村リエ 松岡依都美 古舘寛治 黒田大輔 葉山奨之 立石涼子 ミッキー・カーチス 橋爪功 樹木希林
<スタッフ>原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
そして父になる(2013)
<キャスト>福山雅治 尾野真千子 真木よう子 リリー・フランキー 風吹ジュン 國村隼 樹木希林 夏八木勲
<スタッフ>監督・脚本・編集:是枝裕和