(PanAsiaNews:大塚智彦)
インドネシアで不幸な事件が起きた。女性がガソリンをかけられた上に火を放たれ死亡するという悲惨な「殺人事件」だ。犠牲となったのは性的少数者(LGBT)のトランスジェンダーの女性なのだが、事件に関わった容疑者の逮捕に際し、警察が適用したのは「殺人罪」ではなく「加重暴行罪」だったことが波紋を呼んでいる。
当然ながらこの警察の措置に、人権団体や性的少数者保護組織からは「殺意に基づく卑劣な殺人だ」として、一斉に批判の声が上がっているのだ。
約2億6000万人という世界第4位の人口を擁するインドネシアは、うち約88%がイスラム教徒ということで、世界中で最も多くイスラム教徒を擁する国家でもある。ただ、そのイスラム教信者の中で強硬派、急進派と呼ばれる人々を中心に「LGBTは病気である」「イスラム教はLGBTを容認しない」との差別意識が強く根付いており、社会のあらゆる場面でLGBTに対する差別、迫害、人権侵害がいまだに続いている。多様な民族、言語、宗教を包括する同国は、「多様性の中の統一」や「寛容性」を国是として掲げているのだが、多数を占めるイスラム強硬派の価値観が近年、極めて強くなりはじめ、様々な摩擦を生んでいるのだ。
窃盗の濡れ衣を着せられて全身火傷
事件を伝える英字紙「ジャカルタ・ポスト」やインドネシア語紙「コンパス」電子版などによると、4月4日朝、首都ジャカルタ北部チリンチンの路上にトラックを停車していた運転手が自分の携帯電話と財布がなくなっていることに気付いた。
トラックのすぐ近くの借家にトランスジェンダーの女性ミラさん(42)が住んでいたことから運転手はミラさんが盗んだと証拠もなく一方的に思い込み、ミラさんを問い詰め、殴りはじめた。運転手は近くにいた仲間を呼んでミラさんに5、6人で木製の棒で殴ったりけったりするなどの暴行を加えて窃盗の罪を認めるよう強要した。