民情首席秘書官が一介の記者に電話をかけ抗議をするという行為を質問した記者は「言論弾圧」と捉えているが、曺國氏の見解は「抗議」、「訂正要求」程度だということだ。事実は一つでも、それに対する見解は立場によって変わることがあるだろう。しかし、日本も韓国も今までセクハラ、パワハラなどについて常に「受ける側」の気持ちと印象を重要視してきた。それを考えたらこれは立派な「圧力」といえよう。

 それに青瓦台民情首席という立場は、他の高位公職者に対しては言うまでもなく、大統領の親戚まで監察し、査定することができる地位として、国務総理、国家情報院長さえもむやみに手を出すことのできない絶大な権力を有する立場だ。彼の言葉を単純な「訂正要請」だったと言うことができるだろうか?

言論への脅威、日本のマスコミはこれをどう伝えたか?

 仮に日本で総理秘書や官房長官が記者に自ら電話をかけ抗議したり、訂正を求めたなら、しかもそれに屈しなかった記者に対し「私はあなたの上司と親しいんだ」などと話したなら一体どうなるだろうか? とんでもないスキャンダルに発展するのではないだろうか? 政権はマスコミからも、国民からも激しい非難にさらされることになるだろう。日本の記者と元官僚が「間接的圧力」という言葉で政権を批判する記事を読んだことがあるが、少なくとも私はこの何年かの間に日本においてここまで「直接的な圧力」について報道された例は見たことがない。

 残念なことに投資疑惑と不正入学疑惑に韓国人たちの全関心は持っていかれてしまったらしく、この質疑応答については大きな話題となることもなかった。もちろん、違法行為であることが疑われるこれらの疑惑は重要であるが、私にはマスコミを思いのままに操ろうとする一件もまた決して見落としてはならない深刻な問題であるように思われる。「圧力」によってマスコミの機能が制限され、マヒしたなら、今、最も国民の関心を集めているような疑惑の提起さえもできない国になってしまう可能性があるからだ。

 これは韓国のマスコミにだけが対象となる話ではない。韓国にいる日本のマスコミの特派員がある日突然韓国の官僚から「抗議」の電話を受けたなら、その出来事をどれだけストレートに報道することができるだろうか? それ以前に2日の記者会見で出た「言論弾圧」に関わる質疑応答の話を日本のマスコミはどこまで伝えただろうか? 日本のあるテレビ番組では曺氏について「ほぼ完璧に答えた」と評価する声もあったようだが、この「圧力」の話も完璧に見えただろうか。それとも全然気にならなかっただろうか。

 束縛と圧力に抵抗しないで傍観する言論に「自由」は贅沢なものではないだろうか。