第1話から第24話までは、戦争の当事者である軍における決断が扱われているが、「第25話 最後の決断」では、戦争全体の終結、すなわち「終戦」のあり方に関して、軍人とシビリアンとの思考の違いが浮き彫りにされる。あくまでも徹底抗戦を主張する一部軍人たちと、無条件降伏を受諾することで日本全体の全滅という最悪の事態を回避する方向を模索するシビリアンと一部軍人たち。

 映画『日本のいちばん長い日』(1967年、リメーク版は2015年)のテーマでもある。この期に及んでという感を抱かざるを得ないが、この時点で「敗戦」という形であれ「終戦」に持ち込めたのは、不幸中の幸いであったというべきかもしれない。軍人もシビリアンも、「終戦」のあり方をめぐっては命がけだったのである。

日本軍の作戦をなぞった米軍

「先の大戦」については、そもそもいかなる形で戦争を終わらせるかという計画を欠いていたことや、戦争全体を貫く大局観が欠けていたことなど、事後的に言えることはいくらでもある。

 だが、『アニメンタリー 決断』を久々に通しで視聴してみて思うのは以下のことだ。戦争中盤、とくにミッドウェイ海戦を境にして攻守が反転して日本が追い込まれていくことになるのだが、大戦後半から米軍が採用した作戦は、大戦前半で日本軍が実行した作戦を、ほとんどそっくりそのままなぞっているのではないか、という感想だ。

 どういうことかというと、すでに触れたように、マレー沖海戦で日本海軍は航空隊によって英国の戦艦プリンス・オブ・ウェールズを撃沈しているが、最後の最後に戦艦大和が米海軍の航空隊によって撃沈された。そのほか、英国軍やオランダ軍を撃破しながら島伝いに南方に進出していった日本軍の作戦は、米軍が逆回しで島伝いに日本列島に迫っていく作戦でひっくり返されている。

 ここから言えるのは、大戦前半において日本軍はかなり独創的でイノベーティブな作戦を遂行しているということだ。だが、残念なことに、失敗から学んだ米軍は、規模を拡大し、組織化することで日本軍を圧倒していったのである。国力の違いが出たといえばそれまでだが、個々の戦いではけっして日本が米国に劣っていたわけではない。その点は、敵側でも認めていたのである。わずかな判断の違い、決断力の有無が勝敗という大きな違いを生んでいるのだ。

 このようにいろいろな見方があるだろうが、先の大戦を無駄で無意味な戦争だったと決めつけて、片付けてしまうのではなく、成功したものからも、失敗したものからも、個々の戦いから教訓を得ることには大いに意義があるというべきだろう。

 最後に、『アニメンタリー 決断』の冒頭に流れるナレーションを再録しておこう。これは1971年時点だけでなく、2019年時点でも十分通用する見解ではないだろうか。

「人生で 最も貴重な瞬間 それは 決断の時である/太平洋戦争は われわれに 平和の尊さを教えたが また 生きるための教訓を 数多く のこしている」

 

『アニメンタリー 決断』の冒頭に流れるナレーションより