日本側が圧勝したパーフェクトゲームもあれば、双方ともに大きな損害を出しながら互角であった戦い、局面打開を図ろうとして実行した無謀な戦いなど、陸海空にまたがるさまざまな戦いが行われた。こうしたさまざまな戦いの理解を通じて、なぜ最終的に日本が敗戦せざるを得なかったのか実感してみることが必要だ。

 今回は、いまから48年前の1971年にテレビ放送されながら、あまり知られることなく終わってしまった伝説のアニメ作品『アニメンタリー 決断』を取り上げてみたい。

『アニメンタリー 決断』は、戦争における決断、つまり指揮官の最終的な意志決定が勝敗を決めるきわめて重要な要素であることを、太平洋戦争の個々の戦争を通じて描いた1話完結型のアニメ作品だ。1話ごとに教訓が語られるケーススタディーのような番組である。「アニメンタリー」とは、アニメとドキュメンタリーの合成語である。具体的な戦いについて考えるには、うってつけといえよう。

 1971年(昭和46年)のテレビ放送当時、小学校4年生だった私は、全26話からなるこのアニメをリアルタイムで視聴していた。クラスの男子生徒の多くが見ており、学校でその話題をいつもしていたものだ。1971年当時は、戦争が終わってからまだ26年目であった。実際の戦争は遠い世界の話となっていたが、周囲には戦争体験者はまだまだ多く存命していた。当時は米国のものを含めて、第2次世界大戦もの作品やドキュメンタリーが数多く放送されていた。

タツノコプロの異色「アニメンタリー」

『アニメンタリー 決断』は、タツノコプロの作品である。タツノコプロといえば、1960年代から70年代にかけて数々のヒット作品を送り出したアニメ制作会社だ。『マッハGoGoGo』や『ガッチャマン』『みなしごハッチ』『いなかっぺ大将』などのアニメ作品は、当時の子どもなら(少なくとも男子なら)まず間違いなく見ているはずだ。

 そんなタツノコプロの作品のなかでは、『アニメンタリー 決断』は、かなり異色の作品である。『世界の子供たちに夢を-タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡』(メディアックス、2013)の著者である但馬オサム氏は、私と同年の1962年生まれだが、著書のなかで『アニメンタリー 決断』は、見てもいいものか判断に困り、「結局、一度も観ることもなく番組は終了してしまった」と書いている。実際、視聴率はあまりとれなかったようだ。