実用性を失った食堂車と機内食が今も存在する理由

高速化や価格競争の中、「趣味性」に活路も

2019.08.09(Fri)漆原 次郎

 1987(昭和62)年の国鉄分割民営化以降、JR自体が企業活動の多角化を進める中、新幹線の食堂車サービスを担ってきた老舗のホテル企業などが次々に撤退していった。東海道・山陽新幹線では、2000年(平成12)年3月のダイヤ改正を機に、食堂車とビュフェの営業が全廃となった。車内販売については「こだま」では2012年に終了している。また、在来線では、1972(昭和47)年の急行「きたぐに」北陸トンネル火災事故を受け、直火調理ができなくなったことが食堂車衰退の遠因にあるとされる。

 車内販売についても、駅構内や駅周辺の店舗が充実し、飲食物はどこでも買えるようになった。列車にぎりぎり飛び乗った腹ぺこの乗客でない限り、駅ナカなどで食料を買って車内に持ち込むことができる。

 旅客機では1998年、スカイマークエアラインズなどの新規航空企業の参入により、航空運賃の価格競争が強まっていった。日本航空、全日空、日本エアシステムの3社が1999年3月、普通席での軽食の提供を廃止したのには、コスト競争という背景がありそうだ。そもそも、鉄道よりさらに搭乗時間が短い旅客機の中で、乗客みんながきちんと食事をとることの必然性はかねてから低かったともいえる。

 なお、一定以上の時間を飛ぶ国際線については、航空各社が加盟する国際航空運送協会が、乗客の要望に応じて機内食を提供しなければならないと定めている。

「趣味性」が高まる中、サービスは“二極化”へ

機内食の例。

 食べることは必要だ。けれども、限られた時間で、しかも、そこであえて得て食べることの必然性はもはやほとんど無い。食堂車・車内販売、機内食のいずれにもあった「実用性」は、ほぼ失われたというのが実状だ。

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