実用性を失った食堂車と機内食が今も存在する理由

高速化や価格競争の中、「趣味性」に活路も

2019.08.09(Fri)漆原 次郎

 旅客機のほうは、当初の乗客定員が非常に少なかった。また運賃も鉄道より高かったことも想像できる。飲食物は販売物とせず、乗客一人ひとりをもてなすサービス対象とするのが自然だったのではないか。

 一方、鉄道の車内販売はホームでの飲食物販売の延長として誕生した。また、食堂車についても、「列車での食堂」という概念が強かったのではないか。飲食物を必要する乗客のみに、有料で販売するというのも合理的な考え方といえよう。

高速化や競争激化を背景に廃れゆく

 こうして、鉄道で食堂車や車内販売が始まり、旅客機で機内食が始まった。だが、その後、徐々に車内や機内で得る道中食の位置づけが変わっていく。

 鉄道については速度が向上し、同じ移動距離にかかる時間は格段に短くなった。わざわざ、乗りものの中で食を得て食事をする必然性が薄れていったのだ。

 たとえば、1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線には、食堂車がついていた。しかし、新幹線が開業した時点で、すでに食堂車の存在必要性はかなり低下していたともいえる。東海道新幹線開業より前に、東京-大阪間を走っていた特急の所要時間は約7時間。東海道新幹線はほぼ同距離を4時間で走った。4時間といえば朝食と昼食の間、あるいは昼食と夕食の間ぐらい。食堂車で食べなくても問題はない。

東海道新幹線「0系」の食堂車。0系列車自体は初代営業用新幹線列車として、1964(昭和39)年開業時から2008(平成20)年まで営業運転を続けた。
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