実用性を失った食堂車と機内食が今も存在する理由

高速化や価格競争の中、「趣味性」に活路も

2019.08.09(Fri)漆原 次郎

 車内販売のほうは、1900(明治33)年、讃岐鉄道が車内で食物や果物を売ったのが国内初とされる。一方、国鉄の車内販売開始は遅く、1934(昭和9)年12月だった。静岡地区の東海道本線車内で、試行的に弁当とお茶を売った。

 朝日新聞の同年6月23日付記事には「旅客の福音 列車内で愈々(いよいよ)弁當を賣る」との見出しが踊る。車内販売導入に至った背景として、時刻表改正で停車時間が短くなり、ホームで弁当を買うのが「不可能な状態になつて来たので」と書かれている。

戦前の国内便旅客機でも機内食の提供が

 機内食のほうはどうか。1919年、フランスで12名の軍人が、ファルマンF60.ゴリアト爆撃機を改造した旅客機に乗ったとき、機内で出された昼食とシャンパンが世界初の機内食だとする説がある。また、機内でコックが調理し、スチュワード(男性客室乗務員)が乗客に料理を給仕したという点では、1928年のルフトハンザドイツ航空のユンカースG31機が世界初といわれる。

 日本では、1951(昭和26)年、日本航空が国内線で箱入りサンドイッチの提供を始めたのが国内初の機内食といった記述が事典にある。だが、戦前に国内線で機内食が出されていた。東京航空輸送社という航空会社が1931(昭和6)年4月、東京-清水間の水上滑走路を使った定期航空便で、乗客に飲食物を出していたのだ。

東京航空輸送社の東京-清水間の旅客機におけるサービスを伝える朝日新聞1931年4月2日付の記事。写真では、エア・ガールが乗客に飲みものを注いでいるように見える。
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 同月2日付の朝日新聞記事によると、記者と2名の乗客が国産機の愛知AB-1旅客輸送機に搭乗。同乗した3名のエア・ガール(女性客室乗務員)が「バスケツトを開いてビスケツト、サンドウヰッチなどをすゝめて紅茶をいれ」た。乗客が「ウイスキーはないか」と聞くと「ありません」とにべもない。

 同社は、1928 (昭和3)年に実業家の相羽有(あいばたもつ)が起こした企業。世界初の機内食からさほど時を経ずして機内食を出していた点に、グローバルな視野と対抗心がうかがえる。

 鉄道と旅客機の食をめぐるこれら事始めからは、「なぜ、少なくとも日本では、鉄道の食堂車や車内販売は有料で、旅客機の機内食は無料(運賃に含まれる)を基本としてきたのか」の答えが垣間見えてくる。

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