(文:冬木 糸一)
なぜ脳はアートがわかるのか。そんなことをいうと、「いや、そもそも自分にゃさっぱりアートはわからねえ」という人がわらわら湧いて出そうだが、かくいう僕もそのタイプ。真四角の図形をぽこぽこ置いて、赤だの黄色だので適当に塗ったとしか思えない絵が抽象絵でありアートなのだと言われても素人が作ったものとの違いがよくわからないことが多い。
人文文化と科学文化の間に橋をかける
だが、ある意味ではそういう人たちにも読んでほしい本だ。これを読むと、なるほど、確かに人間は、そうした一見意味がよくわからない抽象的なアートを「わかる」ことができるのだということが、脳科学的な観点から理解することができるようになる。また、普段からアートを楽しんでいる人たちも、ターナーやモネ、ポロックにデ・クーニングなど無数の画家の作品と脳についての知見を通すことで、一つの解釈として楽しむことができるだろう。著者のエリック・R・カンデルは記憶の神経メカニズムについての研究によってノーベル医学生理学賞も受賞している神経科学の巨人で、本書も著者の研究領域に基づいた専門的な話に突っ込んでいて内容的にも安心できる。その分量は決して多くないので、そこまで専門的なのは・・・という人でも大丈夫だ。
文学や芸術の人文文化と、世界の物理的な法則へと関心を抱く科学の文化、「理系と文系」のように時に大きく分けられる両者の間に橋をかけ、これから先の時代の科学、芸術を考えるために欠かせない一冊でもある。『本書の目的は、これら二つの文化が遭遇し、互いに影響を及ぼし合うことのできる接点に焦点を絞って、二文化間の溝を埋めるための方法を提示することにある。この接点は、最新の脳科学と現代美術のあいだに存在する。脳科学も抽象芸術も、直接的かつ説得力のある方法で、人文的思考の中核をなす問いの解明や目標の達成に取り組んでいる。それにあたって両者が用いている方法には、驚くほど多くの共通点を見出すことができる。』
分解した構成要素から総体としての理解へいたる
引用部にある、脳科学と抽象芸術で共通している方法とはいったいなんなのだろうか? これについて本書で主題として取り上げていくのは、複雑な現象を、一つ一つのより小さな構成要素に分解し理解していくことで、総体としての理解にいたろうとする還元主義的な手法のことだ。