私たちは、とかく「物価が下がるのはよいこと」と考えがちだ。しかしデフレ下ではリストラ、低賃金、非正規社員、新卒の就職難など、働く立場から見れば悪いことばかり。デフレは生活にさまざまな負の影響をもたらす元凶であると、元日銀副総裁の岩田規久男氏は指摘する。私たちが真剣に目を向けるべき「デフレの脅威」とは?(JBpress)
※本稿は『なぜデフレを放置してはいけないか 人手不足経済で甦るアベノミクス』(岩田規久男著、PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。
「消費者」と「所得者」のジレンマ
日本経済が「失われた20年」に陥った原因は日本経済がデフレに陥ってしまったためである、と考える人は、日本では少数派です。
普通の人に「物価が下がり続けるデフレは、困ったことだと思いますか」と聞けば、「物価が下がるのはありがたい。いま、日銀は物価を上げようとしているらしいが、そのほうが困ったことだ」と答えるでしょう。
しかし、デフレ経済では、消費者としての家計(とくに働いていない専業主婦)の立場から見ると、物価が下がって、家計費が安くなって助かると思える一方で、所得を得るために働いている家計(とくに、家族を経済的に支えている世帯主)の立場から見ると、給料が上がらず、雇用も安定しない状況に置かれることになります。
すなわち、デフレ下ではリストラ、失業の怖れや、賃金が低く、かつ雇用の安定しない非正規社員にしかなれない、新規学卒の就職難といった、働く立場から見れば悪いことばかりです。
したがって、消費者の立場から見て「物価が下がって、家計が助かる」とのんきなことをいっている場合ではないのです。
デフレって、そんなに悪いこと?
日本経済が普通の先進国並みの元気を取り戻すためには、「物価が下がるデフレは生活費が安くなるから良いことだ」といった、消費者の立場からしか経済を見ず、働く立場から経済を見ようとしないという意味で、「デフレの脅威」に鈍感な多くの日本人の目を覚ます必要があります。
日本経済が長期経済停滞から抜け出す方法を考えるうえで、最大の壁になっているのは、多くの日本人が「デフレの脅威を知らず、デフレに鈍感だ」ということです。あるいは、デフレとともに生活することに慣れてしまった、といったほうが適切かもしれません。
困ったことですが、日本では、欧米の経済学者と違って、多数の経済学者もまたデフレの脅威に鈍感です。
日本では、デフレが、名目と実質の成長率の低下、不良債権の増加、失業者と非正規社員の増加、就職氷河期と呼ばれるような新卒の就職難、出生率の低下、生活難を原因とする自殺者の増加など、私たちの生活に対してさまざまな負の影響をもたらす元凶である、と認識している人はきわめて少数です。
日本では1990年代以降、経済が長期にわたって停滞したのは、90年代に入って突然、技術進歩が停滞したためだとか、銀行が収益性のない企業に貸し続けたためだ(追い貸し説といいます)とか、90年代後半に自殺者がそれまでの年間2万人台から3万人台に急増したこととデフレとは無関係だ、とかいった、デフレと90年代以降に起きた経済の不調とは関係ない、という論調が主流でした。