一軒家で愛猫に話しかけながら、慣れた手つきで家事をこなし、午後になれば、お気に入りの韓流ドラマの恋愛にため息をつき、日が暮れていく。一人暮らしの初老女性かと思えば、夫が帰宅。口にするのは「飯、風呂、寝る」くらい。食卓で向き合っていても、ほとんど会話がない。これじゃ一人暮らしより孤独だわと気の毒に思っていたら、案の定、帰省した娘に「お父さんと別れようと思っている」とぽつり。ああ、熟年離婚か。こんな夫婦じゃ、さもありなん。
ところがこのとんでもない出だしから、最後には「お父さん、愛おしい!」と思わずにいられないほど、『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』では失われゆく「昭和の男」のダンディズムに心酔することになる。
靴下まで脱がせてもらう、見事な亭主関白ぶり
有喜子は編み物と韓流ドラマが趣味の70歳、専業主婦。3人の子供たちはそれぞれ自立。長女・長男はそれぞれの家庭があり、末っ子の娘だけは仕事を持ちながら、両親を気遣い、たまの週末、家に帰ってくる。夫の勝は無口で頑固。絵にかいたような亭主関白だ。毎朝、夫の背広を選び、着せ、作った弁当を持たせ、送り出す。結婚して50年。毎日がひたすらその繰り返し。いまや有喜子の話し相手は公園で拾ってきた猫のチビだけである。
韓流スターに胸ときめかせながら、むっつりぶっきらぼうな夫を支える、明るくてチャーミングな有喜子を演じているのは倍賞千恵子。いつも苦虫を噛み潰したような顔つきの勝は藤竜也。なんのリアクションもない藤に、「お父さん、お父さん」と甲斐甲斐しく世話を焼く健気な倍賞に、あのさくらの面影が重なる。