しかし、オマーン・ルートについて報道されている事実関係から判断する限り、たとえこれらの資金の流れが立証されたとしても、それは会社法上の特別背任に該当しない。以下、その理由を論証する。
アラブの正義
会社法による特別背任罪が成立するためには、会社の取締役が、①自己または第三者の利益を図る目的で、②任務に背く行為をし、③会社に財産上の損害を与えた、という三つの要件のすべてが揃っている必要がある(会社法第960条)。
ここで、オマーン・ルートの資金の流れは、中東日産からSBAに流れた1500万ドル(流出資金)とSBAからゴーン元会長の口座に流れた500万ドル(還流資金)に分解されるが、特別背任では、まず流出資金1500万ドルの背任性が問題とされなくてはならない。還流資金の500万ドルは、流出資金1500万ドルの背任性が認定された後の(会社に与えた)損害額認定の問題である。
流出資金の1500万ドルは、SBAに対する販売促進費などの名目で送金されたというのだから、問題は、ここでの1500万ドルが取締役の背任にあたるような不当に高い販売促進費であったかどうかの一点にある。仮に、この1500万ドルが正当な販売促進費の範囲内であれば、それを貰ったSBAがその金を何に使うかは自由で、そこに東京地検特捜部が民事介入すべき事件性はない。オマーン・ルートが特別背任罪に該当するかどうかは、一に1500万ドルの販売促進費の妥当性にかかっている。
オマーンでの日産の自動車の販売実績は年間540億円程度で、これに対してSBAに対する販売促進費は2年8カ月で1500万ドル、すなわち、年間約6億円(≒1500万ドル×@112円60銭÷2.67年)である。売り上げに対する販売促進費率は1%(=6億円÷540億円)となる。
そこで、日産自動車は、(本件販売促進費が)「販売実績に比べて金額が突出している」などとして特捜検察の援護射撃を行うのであるが、この日産側コメントは間違っている。なぜなら、自動車メーカーからの販売奨励金は販売実績に基づき支払われるのではなく、メーカーの販売政策に基づき決定されるからである。もとより、アラビア半島の自動車市場には日本の販売手法が通用しない。アラブに対する販売奨励金を日本の常識で判断することはできない。
中東湾岸諸国に住んでいる居住者の圧倒的多数はインドやフィリピンからの出稼ぎ労働者で、彼らは車を買わない。車を買うのは少数のアラブ人富裕層に限られている。だから、テレビコマーシャルもさしたる効果がない。中東での自動車販売は、日本のようにキャンペーンやチラシを配ったりしてチマチマやるのではなくて、有力者のところにまとめてお金を落とすというやり方をする。アラビア半島は部族国家なので、部族を押さえれば車は必ず売れる。それがアラブの正義なのである。
サウジアラビア・ルートのファリド・ジュファリ氏に対する約16億円の販売促進費も同様であるが、オマーンで年間6億円程度の販売促進費はまことに正常で、むしろ安いくらいと考えるべきであろう。大手メディアは、これらの販売促進費がCEO予備費から支払われたことをもって、CEO予備費が不正の温床と断罪するが、それは、むしろアラブに対する販売促進費の支払手法として機動性と柔軟性に優れていたと評価することもできる。
4度目の逮捕容疑も犯罪構成要件を満たさない
中東日産からの流出資金1500万ドルはきわめて常識的な販売奨励金に過ぎない。オマーン・ルートは、その後の還流資金500万ドルを問題とするまでもなく、当然のことながら特別背任には該当しない。この証拠構造上の致命傷を糊塗するため、特捜検察は、「ビューティー・ヨット」や「ショーグン・インベストメンツ」を持ち出して、ゴーン元会長の悪性を強く世論に印象付けしようとしている。
特捜検察は、①SBAからゴーン元会長の実質保有する銀行口座に500万ドルが還流していること、並びに②この還流資金が「ビューティー・ヨット」のクルーザーや「ショーグン・インベストメンツ」の投資資金に使われていることを理由として、だからということで、日産自動車に500万ドルの損害があったことは明らかとしている。しかし、還流資金がゴーン元会長の親族のクルーザーや投資に使われたことと、日産自動車に損害が発生しているかどうかの判断は、会計上何の関係もない。
ここでの還流資金500万ドルは、SBAからGFIを通して「ビューティー・ヨット」や「ショーグン・インベストメンツ」のクルーザーや投資金に化けている。しかし、ここでのクルーザーや投資金はGFIの資産ではない。GFIは500万ドルの資金の一部を「ビューティー・ヨット」に貸付け、残りの一部を「ショーグン・インベストメンツ」に投資しただけのことである。クルーザーや投資金を所有しているのは、「ビューティー・ヨット」や「ショーグン・インベストメンツ」なのである。ここで、「ビューティー・ヨット」や「ショーグン・インベストメンツ」は、GFIからの借入金や出資金を踏み倒すとも何とも言っていない。すなわち、GFIは貸付金と出資金の合計500万ドルを減損する必要がない。ならば、SBAからGFIに流れた500万ドルの貸付金も減損する必要がない。
GFIの決算書には、「ビューティー・ヨット」に対する貸付金と「ショーグン・インベストメンツ」に対する出資金が500万ドルとして資産計上されているはずで、さらにSBAの決算書には、GFIに対する貸付金が500ドルとして資産計上されているに違いない。すなわち、還流資金の500万ドルには損失が発生しておらず、ここには日産の損害が認定できない。これでは、公判で弁護側がGFI及びSBAの決算書を証拠提出して会計上の損害がないことを立証すれば、検察官に勝ち目はない。本件オマーン・ルートは、1500万ドルの流出資金に背任性はなく、還流資金に損害は認定できない。こんなものが特別背任になることなどあり得ない。