OPERAの安達教授室で話を伺った。

【写真1】安達千波矢教授(九州大学提供)

「私は1988年に九大で有機ELの研究を開始しました。当初、発光は2~3分しか持たなかったのですが、基板の洗浄等の成膜プロセスや材料を改良することで、寿命は数100時間に大幅に改善しました。

 1991年にリコーに入社し、引き続き有機ELを研究していました。しかし、会社が有機ELの研究を中止することになったため、1996年に信州大学に助手として転じ、有機ELの研究を続けていました。

 それまでの研究が認められ、1999年に、プリンストン大学のステファン・フォレスト教授に声をかけられ、プリンストン大の研究員となりました。

 プリンストン大学には3年弱いましたが、その間は第2世代の燐光材料の研究をしていました。フォレスト先生は、その研究を事業化するため、研究室の1期生をCTOとして呼び寄せ、ベンチャー企業を立ち上げました。これが現在、有機ELの発光材料市場で独占的地位を築いているユニバーサル・ディスプレイ(UDC)です。この間、有機ELの課題である素子寿命は、世界中の研究者が開発に取り組むことで、劇的に延びました。そして金と、トップクラスの人を集めたのです」

 米国の名門プリンストン大学での研究生活と、大学の技術を実用化するベンチャー企業の立ち上がりを目の当たりにした経験が、その後の九大での研究とベンチャー起業に大きな影響を与えたと言える。

「2001年に日本に帰り、千歳科学技術大学で助教授として勤務しました。日本に戻ったら、第2世代を超える開発を行おうと決めていたので、第3世代の発光材料の研究に取り掛かりました。その後、2005年に九州大学に教授としてやってきました。

 第3世代のアイデアは、光化学の基礎の基礎から出てきました。三重項状態を熱活性によって一重項状態に移すものです。原理は教科書にも書かれていて、私も授業で教えていたのですが、あくまで理論上の話でした。ただ、『数式で書かれていることは実現できるはず』という物理的思考を信じました。

 2009年にTADFを用いた世界初のOLEDを発表しましたが、現実の発光効率は0.1%しかありませんでした。しかし、理解できる人には分かってもらえる内容だったと自負しています。指導原理が分かると、それに基づき多くの実験を行いました」

 難しければ飛ばしていただいて結構だが、安達教授のアイデアを【図2】を用いて説明しておく。

 電子は自転と公転を行っており、その回転方向から、2つの電子が取りえる量子状態の組み合わせが、4通りあり、一重項状態(1個)と三重項状態(3個)である。

 第1世代は、一重項励起状態からエネルギーの低い基底状態に移り「蛍光」を発光する材料で、この効率は、上記の理由から最大で25%しかない。

 第2世代は、三重項状態から「燐光」を発光させる材料で、効率は75%から最大100%になる。しかし、「燐光」には、イリジウムやプラチナといった高価な材料が必要となるのが大きなネックになっている。

 第3世代の安達教授のアイデアは、三重項状態と一重項状態のエネルギー差が小さくなるように分子設計するものだ。熱エネルギーを得て、三重項状態から一重項状態に移り「蛍光」を発光する。理論的には効率100%に近づく。
 

【図2】有機ELの発光メカニズムとTADFの優位性(KyuluxのHPから筆者作成)
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「2010年、日本学術振興会(JSPS)の最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)の公募がありました。アイデア段階で効率0.1%でしたが、思い切って応募しました。600人程度の応募があり、それを40名ほどの審査員が審査します。

 専門外の人にも分かりやすく提案することを心掛けたのがよかったのか、対象者30人の1人として採択されました。その結果、人件費と装置費で、5年間で32億円の研究費をいただいくことが出来ました。

 これで研究に一気に弾みがつき、2012年12月、内部EL発光効率100%を達成したのです」

 FIRSTプログラムは、世界のトップを目指す先端的な研究開発支援プログラムだ。応募のあった研究者の中からトップの30人を選び出し、1人に約15億円から60億円のプロジェクトを任せるという非常にユニークな制度だ。同プログラムの支援を受けた研究者には、京都大学の山中伸弥教授や、島津製作所の田中耕一氏など、ノーベル賞受賞者もいる。また、ディスプレイ分野では、ディスプレイ用の新しい薄膜トランジスタ(IGZO-TFT)を発明した東京工業大学の細野秀雄教授もいる。

 こうした先進的なFIRSTプログラムだからこそ、アイデア段階で効率0.1%であった提案が採択されたのだ。

「2013年には、科学技術振興機構(JST)がおこなう創造科学技術推進事業(ERATO)にも選ばれました。こちらでは、新しい光エレクトロニクスデバイスの創製を目指しています。

 挑戦し続けるモチベーションの元は『有機物で世の中を変えたい』という思いです」

 安達教授が発明したTADFを実用化するのが九州大学発のベンチャー企業「Kyulux」だ。安達教授自身は、共同創業者であり、技術アドバイザー等の役割を担う。

ベンチャーキャピタル経営者からベンチャー経営者に

 私はKyuluxを訪れ、すぐ近くにある、同社の有機EL素子を試作している有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)【写真2】を見学させてもらった。