電子音声も電話口の男性の口調も、いかにも領事館らしいシステマティックな雰囲気。彼女が名前を告げたところ、電話口の男は「ちょっと待って下さい」と名前を検索し始める素振りを見せた。
「・・・ああ、名前が出てきました。ある国際刑事事件に関係する問題ですよ。いまから案件を読み上げましょうか?」
この“領事館員”いわく、ある中国人女性が先日、カナダに入国しようとした際に大量のキャッシュカードを所持していたことから税関で止められた。そのカードのなかに章さんの名前があったという。
彼女が驚いていると、やがて電話は「北京市朝陽区公安局」の“捜査官”に転送された。この“捜査官”による電話越しの尋問や、その情報を手元のパソコンで照会しているらしき様子はいずれも堂に入っており、やはり「公安局っぽかった」という。やがて電話は、公安側の“総本部”という別の男に再び転送される。
「お気の毒ですが、個人情報が流出した疑いが強いようです。現在中国国内では、麻薬売買とマネーロンダリングにかかわる大きな事件を捜査中なのですが、あなたも巻き込まれているようですね。中国に帰国して北京で供述をしていただかないと・・・」
「あの、留学中なのでそれは難しいです」
「では、電話で証言を録音しましょう。あなたは確かに今回の国際犯罪に関わっていないのですね?」
“総本部”もまた、手慣れた様子で尋問と事情説明を開始した。内容はなかなか怖い。大規模なマネロンや麻薬売買が発生している、党中央はこの巨大案件の全容解明を求めている、国家機密であるため両親や友人を含めた第三者に対して今回の案件を決して漏らしてはならない。これらは中華人民共和国の法律××条に規定があり、破れば相応の法的責任を負うことになる。中国国内にいる家族にも累が及ぶであろう――云々。
ものものしい言葉の数々と、“領事館員”や“公安局員”たちの手慣れた仕事ぶりから、すっかり電話を信用してしまった章さんは、尋問にしたがって実家の連絡先や両親の名前などの個人情報を伝えてしまった。