「路傍の人」を増やさないマネジメントこそ重要

 金銭的インセンティブにからめ取られた経営陣は、自分以外の人間も同様のインセンティブがないと協力しないと思うようになり、執行役員や部長クラスへも業績連動報酬を導入し、一般の従業員も職務記述書(job description)という「契約の束」で管理することを企図するかもしれない。この結果、互譲互助(お互いさま)の精神を葬った企業文化が社内を席巻する。

「人間は、時として、充たされるか充たされないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂(わら)ふ者は、畢竟(ひっきょう)、人生に対する路傍の人に過ぎない。」は、芥川龍之介『芋粥』の一節である。

金銭的インセンティブが組織の末端にまで浸透した会社は、疎遠で非協力的な「路傍の人」だらけの会社と言えるだろう。中長期的な価値創造に当たっては、部門間の垣根を取り払うことの必要性が強調されるが、インセンティブ漬けで報酬ポリシーや職務記述書に書いてあることしか実践しない「路傍の人」の集まりが統合思考(integrated thinking)を実践するのは困難である。

 今から100年以上も前、経済学者ソースタイン・ヴェブレンは、産業社会の論理たる営利原則が思考習慣や文化に深く浸潤していくことで、職人気質など人間の本性が汚染されると悲観した。金銭的インセンティブによって道徳心から解放された利己心は、ヴェブレンの黙示録と同様の自己強化的なプロセスをたどって社会のあらゆる方面で増殖する可能性がある。

経営陣の良心を挫かないため、そして社会への悪影響を回避するためには、株式報酬などインセンティブ報酬の得失を慎重に検討すべきであろう。日本企業のガバナンスに必要なのは、「改革」と名の付いた流行をエビデンスベースの理性的熟慮で跳ね返す「鈍感力」であると考える。

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