業績連動報酬が株価を高める証拠はない

 1990年、経済学者マイケル・ジェンセンとケビン・マーフィーは、主として固定給からなる役員報酬が米国企業のリスクテイクを消極的にしていると非難し、役員に強力なインセンティブを与える巨額の報酬パッケージを「ハーバード・ビジネス・レビュー」(5-6月号)掲載の論文で推奨した。

 だが、三菱自動車のゴーン会長にとっては「不都合な真実」かもしれないが、上記論文の共著者の1人であるケビン・マーフィーは、1999年に出版された“Handbook of Labor Economics (Vol. 3B)”という論文集の中で、「業績連動報酬が株価を高めるという直接的な証拠は驚くほどない」と言及している。

 米国を中心とした先行研究を丹念にサーベイした法学者マイケル・ドーフも2014年に出版した "Indispensable and Other Myths" という書籍の中で、「業績連動報酬が企業業績を改善する説得的な証拠はない」という評価を下している。

 業績連動報酬は、動物を飼いならして芸を教え込む際の「ご褒美」を連想させるが、企業経営のように手段と目的との関係が曖昧な仕事には向かないというのが、グローバルな文脈で確認できるエビデンスと事実である。

 それゆえ、業績連動報酬比率をコントロールして日本企業の「稼ぐ力」を高めようとするガバナンス「改革」は牽強付会と言わざるを得ない

甘いアメは道徳心を駆逐する

 企業業績と因果関係が見出せない金銭的インセンティブは、単に無益であるばかりでなく、社会にとって「危険」で「有害」なものとなる可能性がある。

 業績連動報酬のように金銭的利益に訴えて行動をコントロールしようとすると、道徳心のような内発的な動機づけを駆逐してしまう。この現象は、社会心理学や行動経済学では「クラウディングアウト効果」として知られている。