日本では当時、「開発途上国のエリート層は、知識を出し惜しみして共有したがらない」と言われており、「教科書を制作しても無駄」だとの声もあったという。

 そんな中で制作された教科書が、その後こうして「ミャンマー仕様」に作り変えられながらいまだに活用されていると知った嬉しさは、さぞ格別だったに違いない。最後に立ち上がり、堅い握手を交わした2人の目の輝きにさまざまな思いが溢れているようで、しばらく目が離せなかった。

寄り添う支援

 ここミャンマーには、新車への置き換えや廃線によって日本で使われなくなった後、海を渡ってやって来た広電のような路面電車やディーゼル車両など、中古の鉄道車両が200両以上走っている。

 鉄道だけではない。「日本製」であることのアピールだろうか、市内を走る自動車やバスにも、日本語を車体に残したまま走っているものが目に付く。

 とはいえ、そうした中古車両の中には、故障して運行停止になったまま放置されているものも少なくない上、既存の鉄道橋や線路の多くが英領統治下時代に建設されて以来、補修や改修が行われていない現状を考えると、メンテナンスの確立はミャンマー国鉄にとって喫緊の課題だ。

25年ぶりに再会した元ミャンマー国鉄のミャット リンさん(左)と島村・東大特任教授

 「一過性ではない、息の長い協力を」「地域に根付く支援を」と、しばしば言われるが、支援が終わった後も自立してその国が進み続けることができるよう、身の丈にあった支援が必要だ、という意味で、メンテナンスの技術移転は、自立支援の好例だと言えよう。

 こうした状況を受け、JICAは今年4月、ミャンマー国鉄職員ら10人を広島に招き、路面電車のメンテナンス技術を指導した。さらに、日本製のディーゼル車両の維持管理の向上に向けた技術協力も検討されているという。

 もっとも、ODAが現在のように華々しく再開されるずっと前から、この国の鉄道には、日本のさまざまな技術者たちが寄り添いながら、地道な協力を展開してきたことを忘れてはならない。こうした歴史については、また稿を改めて紹介したい。

(つづく)