2015年12月9日、ヤンゴン証券取引所が華々しくオープンした(=大和証券グループ提供)

資金の直接調達が可能に

 20階建てのオフィスビルや高級ホテル、映画館、そして建設中のショッピングモールが並ぶヤンゴン市街地の目抜き通り。その中心にそびえる金色のスーレーパゴダを通り過ぎ、ヤンゴン川に向かって1ブロックほど南に進んだところに、それは建っている。

 先ほどとは打って変わって静謐な空気の中で、緑の木々と白亜の壁のコントラストの美しさに、思わず目を奪われた。ふと、歴史の教科書で見た古代ギリシャ建築の遺跡を思い出したのは、入り口の両脇に、壁と同じ白色の柱が左右2本ずつ立っているせいだろうか。

 先端についている羊の角のような渦巻模様の装飾は、イオニア様式かもしれない――。そんなことを考えながら建物に少し近付いてみると、これまた白い看板に「YANGONSTOCKEXCHANGE」と書かれた黒々とした文字が目に飛び込んできた。

 「ヤンゴン証券取引所(YSX)」。そう、ここが2015年12月9日にオープンしたばかりの、ミャンマーで初めての証券取引所だ。

 株式をはじめ、さまざまな証券の売買注文を集中的に取り扱う証券取引所。スムーズな取引を実現し、価格を安定させるために設置される、いわば資本主義経済の中心的な役割を持った場所である。

 この証券取引所の開設により、今後、ミャンマーの企業は、銀行などからの間接金融だけでなく投資家から直接資金を調達し、新規投資を行うことが可能になる。運営は、国営のミャンマー経済銀行と日本取引所グループ、大和総研が共同出資した合弁会社が行う。

 日本がこうして官民を挙げて海外の証券取引所の設立に関わったのは、ここミャンマーが初めてのケースとなる。証券取引所だけでなく、システムの構築や関連法の整備、人材育成まで総合的に展開してきた支援が、この日、ようやく実を結んだ。

「国家プロジェクト」の誇り

 長い道のりだった。始まりは1993年にさかのぼる。この年、大和証券グループの大和総研の首脳陣(当時)がミャンマーを訪問。国家計画経済開発省のデビット・O・エーベル大臣(当時)と面談した際、「この国で資本市場を育てたい。ぜひ協力してほしい」と熱く依頼されたことがきっかけだった。

 いわゆる「第1次ミャンマーブーム」が本格的に到来する直前ではあったものの、この国が持つ地政学的な優位性や豊富な労働力に秘められたポテンシャルの高さ、そして、投資家から資金を直接調達する直接金融の立ち上げに向けたミャンマー側の強い信念と勢いを受け取った一行は、エーベル大臣の思いに応え、この国で証券市場の育成を支援することを決意したという。

 覚書が締結されると、大和総研は証券取引所の立ち上げに向けた準備を本格的に開始した。まず、1995年に証券取引法の草案作成を支援。その後、96年にはミャンマー経済銀行と折半で「ミャンマー証券取引所(MSEC)」を設立した。