米国弁護士の資格を持ち、ビジネスと人権に洞察の深い山田さんによると、2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が合意されて以降、この分野への国際的な関心は、年々高まっているという。
特に、法制度が整っていない新興国・開発途上国でのビジネス展開は、人権問題に一層の配慮が求められる。
だからこそ山田さんは、「人権を尊重し、国際的に注目されるティラワSEZのレピュテーションを守ることは、日本の付加価値を高める上で必要不可欠」だと発信に努めているほか、プロジェクトの一員として、ティラワSEZ管理委員会の意向を受け、進出企業が順守すべき社会配慮事項をまとめた国際標準のガイドライン策定を支援している。
関係者をつなぐ思い
話し合いもままならなかった時期から相手の懐に飛び込み、協力関係を構築してきた菊池さん。
彼女の巻き込み力と包容力が対話を生み出したことは間違いないが、その後、建設的な支援が動き出したのは、それぞれの立場から、自身の人脈や知見を生かして取り組む一人ひとりの存在があったからにほかならない。
皆の根底にあるのは、住民への思いだ。「組織の正義は違っても、どの関係者もまっすぐ住民のことを考えている。その思いをつなげ、形にするのが現場の私たちの役目だと思っています」と菊池さん。
また、竹内さんも「対峙ではなく対話の強さを知りました」と当時を振り返る。
こうした問題はとかく事業の是非自体が争点になりがちだが、ティラワSEZの場合では開発自体に反対する住民がいなかったため、ひとたび歩み寄れば、同じゴールを共有しやすかったとも言えよう。
もっとも、楽観は許されない。冒頭のNGO担当者は「MSAGが万能なわけではなく、住民の生活が今後、実際にどう改善されていくかは引き続き注視していく必要がある」とした上で、「まだまだ道半ば」だと主張する。
「最終的な評価は住民によって下されるべき」だという同氏のように、今後始まる次期開発エリアに対して「ゾーンAの教訓がどう生かされるか問われる」との見方があることは事実だ。
1月末、菊池さんは移転地を案内しながら「乾期に入り、井戸水が減って濁りやすくなってきたので対策を考えなくては」と言った。
新たに建てるコミュニティーセンターのデザインについても、ワラさんの音頭で住民同士の話し合いが進んでいる。
住民が将来に希望を持ち、笑顔で暮らす――。
関係者共通の願いを実現するために、足しげく移転地に通う菊池さん。強くてしなやかなその姿勢に、開発協力の本質を見た。
(つづく)