それを聞いた菊池さんは、「住民を思う気持ちはNGOも私たちも同じ。それなら一緒に活動しませんか」と提案。話し合いを重ね、ゾーラさんは2015年4月、NGOを離れてプロジェクトの一員になることを決断した。
新たな仕組みも生まれた。
これまでの経緯を振り返り、「住民やNGO、ミャンマー政府が、それぞれメディアを通じて自分たちの主張を展開していたことから、議論が平行線をたどり、お互いの不信感が増幅されていった面がある」ことを反省した菊池さんとボウマンさんが、先の異議申し立ての提言も踏まえて各方面に働き掛け、マルチステークホルダー・アドバイザリー・グループ(MSAG)を立ち上げたのだ。
2015年5月に誕生したMSAGには、NGOや移転住民をはじめ、SEZを運営する両国の官民合同会社「ミャンマー・ジャパン・ティラワ・デベロップメント」(MJTD)やミャンマー政府らが参加。定期的に顔を合わせ、情報交換や意見交換を行っている。
注目集める人権問題
菊池さんたちは今、SEZ管理委員会や住民と相談しながら、移転地に共同の井戸や排水施設を建設したり、仕事の斡旋や職業訓練を行ったりしている。外部から講師を呼ぶのは、僧侶のワラさんだ。
「大自然の中で暮らしていた昔と、現金収入がないと暮らせない今とでは、生活がまったく違う。新しい暮らしに馴染めるよう後押しすることが自分の役目」だと考えている。
またゾーラさんも、住民一人ひとりの状況に常に気を配り、関係者とのコミュニケーションにも積極的だ。「転身は、NGO仲間や住民とも十分話し合って決めたこと。自分の活動に矛盾は感じていません」とすがすがしい。
2015年11月には、国連ジュネーブ本部で開かれる「第4回国連ビジネスと人権フォーラム」でティラワSEZ開発事業におけるMSAGの活動が紹介されることになった。
当日は、MSAGの議長も務めるボウマンさんやMJTDの梁井崇史社長に加え、SEZ管理委員会の事務局長や移転住民の代表らが登壇。130カ国から参加したNGOや住民、学識者の前で、それぞれの取り組みを発表した。
この日、菊池さんやゾーラさん、ワラさんと一緒にジュネーブのセッションを支援したのが、アジア経済研究所の山田美和さんだ。