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 自分の人生の”底”がどこだったかと考えてみると、やはり大学時代だろうと思う。それまで授業にきちんと出ていたのに、大学3年の春から突然大学に行かなくなり、誰とも連絡を取らなくなり、部屋に引きこもった。1日中テレビを見て、時々コンビニで漫画誌を立ち読みし、頭の中がグルグルしたまま半年過ごした。

 そういう自分の”底”を意識しておくと、あれ以上下がることはそうないだろう、と思える。しんどかったけど、あの時もなんとか乗り切ったんだから、大抵大丈夫だろう、と。また、行儀は良くないけど、自分より辛い状況にいる人の存在を知ることで、それよりはまし、と思えることもあるかもしれない。

 “底”にいながら、それでも懸命に生きる人々を描く3作品を紹介します。

決して逃げきれないしがらみ

霧 ウラル』(桜木紫乃著、小学館)

『霧 ウラル』(桜木紫乃著、小学館、1500円、税別)

 北海道の最東端である根室は、ロシアとの国境の町だ。根室の町を束ねている存在の1つ、河之辺水産に三姉妹の次女として生まれた珠生。彼女はこの町で芸者になった。河之辺という名前から逃れたい、という欲求からだった。

 ある晩、珠生のもとに、常連客の三浦がやってきた。三浦は海峡で稼ぐ水産加工会社の社長だ。その日は、部下である相羽重之を残して帰っていった。

 相羽は明日警察に出頭するのだという。話を聞くにつれ、珠生は「自分のせいで」刑務所に行くことになった相羽のことを想う。そして夜中に、海峡を越えた相羽がたどり着いたという野付半島に向かった。

 しばらく時が経ち、珠生が町中で偶然見かけた相羽は、ヤクザのような風体をしていた。噂は少しずつ耳に入ってくる。相羽は、この町の汚れ仕事を一手に引き受けているという。その働きぶりから、町を束ねる存在である大旗運輸の御曹司に気に入られたようだ。実はその御曹司に、珠生の姉が嫁ぐことになっている。捨てたはずの血縁が、妙な成り行きから近づいてくる・・・。

 根室という、否が応でも「敗戦」を意識させられる狭い町で、女には見えない線を挟んでやり合う男たちと、なんの因果か複雑な利害関係に放り込まれることになった河之辺家三姉妹を描く物語。